コハク酸はプラスチック原料!

細胞の中にはいろいろな化合物があります。細胞の中の化合物は代謝産物とも呼ばれています。さまざまな代謝産物のなかで、「コハク酸」という物質をご存知でしょうか? 高校生は、生物の教科書でクエン酸回路というものを習います。クエン酸回路は、別名クレブス回路、TCA回路などとも呼ばれます。この回路を細胞内で回すことで還元力が生成され、その後ATPが合成されます。これらは呼吸と呼ばれ、細胞のエネルギー供給になくてはならない反応です。コハク酸は、クエン酸回路の代謝産物のひとつです。ですので、生物を選択した高校生の多くは、クエン酸回路を覚えるときにコハク酸という物質の名前を覚えることと思います。

このように高校生も知っているコハク酸ですが、実はこのコハク酸がプラスチックの原料となることはあまり知られていません。コハク酸は、ポリブチレンサクシネート(PBS)というプラスチックの原料になります。PBSはスプーンやフォークなどの一般的なプラスチック製品や農作物を覆うフィルム(マルチフィルムという)などに使われています。PBSを原料とするフィルムは生分解性があるため、使い終わった後に剥がして焼却する必要がないという利点があります。

コハク酸は、PBSだけでなく、可塑剤や医薬品原料、食品添加物としても使うことができ、非常に広い用途で使われています。幅広い需要に応えるため、現在コハク酸は、石油から合成されています。

バイオコハク酸生産の世界的な争い

コハク酸は石油から合成されますが、上記のとおりクエン酸回路の代謝産物として知られており、ほとんどすべての生物はコハク酸を持っています。このため、近年では生物を使ったコハク酸生産が進められています。生物由来のコハク酸は「バイオコハク酸」と呼ばれ、バイオコハク酸の生産が世界的な競争になっています。少なくとも4つのバイオベンチャーがバイオコハク酸の工業生産を行っており、最大手であるバイオアンバー社(カナダ)は、年間数万トンの生産能力を有しています。

これらの会社では、大腸菌や酵母などの生物を使ってバイオコハク酸を生産しています。この場合には糖を与えて発酵させることで、バイオコハク酸を生産しています。これらの生物は、コハク酸を非常に効率良く生産できます。しかし、原料である糖の値段が高く、また、糖の利用は人間の食糧消費と競合するといった問題点も含んでいます。

そこで我々のグループは、微細藻類に注目しています。藻類と言えば昆布やワカメ、海苔などが有名です。これらは大型藻類ですが、微細藻類はその名の通り細胞が小さく、直径が1〜10数マイクロメートルの単細胞性藻類を指します。微細藻類は光合成を行うことができるため、自ら糖を作り出すことができます。我々は微細藻類の光合成の能力に着目し、光合成由来の糖を使ったコハク酸生産を考えました。

シアノバクテリアはバイオコハク酸を生産する

我々は、微細藻類のなかでもシアノバクテリアを利用してバイオコハク酸の生産を行っています。シアノバクテリアは別名ラン藻、アオコとも呼ばれる生物です。バクテリアと名前が付いているとおり、シアノバクテリアは原核生物に分類されます。シアノバクテリアのなかには、スピルリナという健康食品や色素の生産のために工業的に培養されている仲間もいます。そのなかでも我々は、シネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)という単細胞性のシアノバクテリアを用いています。このシネコシスティスは、増殖が速く、遺伝子改変が簡単であるという利点を有し、直径が約1.5マイクロメートルの球形をしています。シネコシスティスは、研究業界では世界的に使われているシアノバクテリアです。

単細胞性シアノバクテリアであるシネコシスティスの光学顕微鏡写真

我々は、このシネコシスティスがコハク酸を生産し、細胞外にコハク酸を放出することを発見しました。コハク酸はほとんどすべての生物が持っていますが、細胞外に放出する能力を有することが工業化には重要です。我々は、シネコシスティスを暗く酸素のない条件で培養することで、コハク酸が細胞外に放出されることを発見しました。酸素のない条件とは、簡単に言うと「発酵」の条件になります。すなわち、シネコシスティスを発酵させると、バイオコハク酸ができることがわかりました。

このシネコシスティスの発酵では糖を加えていません。あらかじめシネコシスティスが光合成で作った糖からコハク酸ができています。光合成は、二酸化炭素から糖を作ることですから、今回の生産法ではシネコシスティスが二酸化炭素をコハク酸に変換したことになります。

遺伝子の改変によるバイオコハク酸の増産

シネコシスティスを発酵させることでバイオコハク酸が生産できることを発見しましたが、遺伝子改変や培養条件の変化によって、さらなるコハク酸生産量の増加を目指しています。発酵時には、コハク酸だけでなく、酢酸や乳酸などの副産物も細胞外に放出されることがわかりました。そこで酢酸キナーゼという酢酸を合成する酵素の遺伝子を破壊したところ、コハク酸生産量が増加することがわかりました。また、SigEという細胞内の糖代謝を制御する司令塔を増強することで、コハク酸生産量が増加することもわかりました。

遺伝子改変によるシネコシスティスのコハク酸増産。酢酸キナーゼ遺伝子の破壊や糖代謝の司令塔であるSigEの増強(細胞内のタンパク質量を増やすこと)によって、コハク酸生産量が増加した。

この他にも、水素を合成する酵素や他の代謝制御因子の改変でコハク酸が増えることを明らかにしてきました。このように、コハク酸を増やす新しい遺伝子を発見し、それらの遺伝子の改変を行うことで、シネコシスティスのコハク酸生産量を増やすという研究を行っています。

ミドリムシもバイオコハク酸を作る!

シネコシスティスでコハク酸の研究を始めましたが、他の微細藻類のコハク酸生産能力も試しました。微細藻類のなかで有名なものにユーグレナがあります。ユーグレナは別名ミドリムシと呼ばれています。現在、株式会社ユーグレナがユーグレナの大量培養に成功し、ミドリムシクッキーや飲むユーグレナなどの商品として広く販売しているため、ご存知の方も多いかもしれません。ユーグレナはシアノバクテリアと異なり、真核生物になります。

我々は、ユーグレナ社と共同で研究を行い、ユーグレナを発酵させるとコハク酸が細胞外に放出されることを発見しました。特に、ユーグレナをあらかじめ窒素欠乏状態にしておき、その後発酵させることでコハク酸生産量が劇的に増えることを発見しました。ユーグレナのコハク酸生産量は870mg/L以上となり、光合成で固定した二酸化炭素由来のコハク酸生産量としては世界最高記録になります。

ユーグレナグラシリスによるコハク酸生産。窒素がある条件で培養したユーグレナはあまりコハク酸を作らないが、窒素を欠乏させた後に発酵させるとコハク酸の生産量が劇的に増加する。

このように我々は、微細藻類には二酸化炭素からバイオコハク酸を合成する能力があることを発見しました。しかし、現在の生産量は、酵母や大腸菌によるバイオコハク酸生産量と比べて2桁近く低いのが現状です。我々はさらなる遺伝子改変や培養の工夫によって微細藻類のコハク酸生産量を増大させ、環境に優しいプラスチック作りを行いたいと考えています。

参考文献
Osanai T, Shirai T, Iijima H, Nakaya Y, Okamoto M, Kondo, A, Hirai MY. (2015) Genetic manipulation of a metabolic enzyme and a transcriptional regulator increasing succinate excretion from unicellular cyanobacterium. Front. Microbiol. 6:1064.

Tomita Y, Yoshioka K, Iijima H, Nakashima A, Iwata O, Suzuki K, Hasunuma T, Kondo A, Hirai MY, Osanai T. (2016) Succinate and lactate production from Euglena gracilis during dark, anaerobic conditions. Front. Microbiol. 7:2050.

Takeya M, Iijima H, Sukigara H, Osanai T. (2017) Cluster-level relationships of genes involved in carbon metabolism in Synechocystis sp. PCC 6803: Development of a novel succinate-producing strain. Plant Cell Physiol. doi: 10.1093/pcp/pcx162.

この記事を書いた人

小山内崇
小山内崇
明治大学農学部農芸化学科専任講師。環境バイオテクノロジー研究室。
2002年国際基督教大学教養学部卒業。2007年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、理化学研究所基礎科学特別研究員、さきがけ(専任)研究者、理化学研究所研究員などを経て、2015年より現職。微細藻類を使った環境に良いものづくりを実現することが夢。シアノバクテリアやユーグレナを使って、生命の謎を解き明かしつつ、人々の暮らしや地球環境に役立つ研究成果を挙げていきたいと考えています。