私たちの身のまわりにはさまざまな電化製品があり、その中では多数の電子デバイスが用いられています。そのような電子デバイスに用いられる材料のひとつに、「誘電体」と呼ばれる材料があります。誘電体は、電圧が加えられたときにほんのわずかな量だけ原子の位置がずれることで機能するものとされていますが、そのわずかな量のずれが直接観察されたことはありません。今回、私たちはその直接観察を可能にするための重要なステップとして、電圧を加えたままの誘電体を電子顕微鏡法で観察し、0.01nm以下の精度で原子位置を測定できることを示しました。

誘電体に電気が蓄えられる仕組み

私たちの生活をより便利で快適なものにするため、電化製品の改良は日夜進められており、縁の下の力持ちとして頑張っている電子デバイスの高性能化も進められています。電子デバイスに用いられる材料のひとつである誘電体は、電圧を加えると電気を蓄える性質があり、コンデンサと呼ばれる電子部品などに用いられています。

誘電体に電気が蓄えられる仕組みは、電圧が加えられた際に+もしくは-の電気を持つ原子(陽イオンもしくは陰イオン)がほんのわずかな量(0.01nm程度)だけその位置をずらすことに起因するとされており、これはイオン分極と呼ばれています。したがって、電圧を加えた際に起こるイオン分極を直接観測しようと考えると、電圧を加えた状態で原子の位置を0.01nm程度あるいはそれより良い精度で精密に測定する必要があります。

電圧印加その場電子顕微鏡法

材料の中における原子の位置を精密に測定する方法のひとつとして、透過型電子顕微鏡法というものがあります。透過型電子顕微鏡における近年の技術進歩は目覚しく、最近では0.001 nm(=1pm)の精度で原子の位置を測定できるようになってきています。しかしながら、透過型電子顕微鏡法による通常の観察は、材料に対してなんの外的な刺激も与えていない静的な状態で行われます。前段落までに述べた電圧を加えた際に発現するイオン分極を直接観察するためには、電圧を加えた状態で電子顕微鏡観察を行う必要があります。そのような観察技術は「電圧印加その場電子顕微鏡法」と呼ばれており、著者らの研究グループもこれまでに研究成果を発表してきました。しかしながら、電圧印加その場電子顕微鏡法による観察では、観察時に電圧印加という外的な刺激が加わり、試料やレンズ系の安定性が損なわれることから、従来高い位置精度の観察を行うことは困難でした。

電圧印加その場電子顕微鏡法の模式図。観察対象となる材料に外部から電圧を加えながら電子顕微鏡観察を行い、画像や動画を記録する

私たちは実際にイオン分極が起こっている状況を直接観察したいと考えていますが、その大きな目的を達成するためにはまず、材料に電圧を加えたままの状態で高い位置精度が保証されることを実証する必要があります。そこで、今回私たちは誘電体の代表的なモデル材料とされるチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の結晶をサンプルとして位置精度の検証実験を行いました。検証実験を行うに際して、私たちの研究グループでは、電圧印加その場観察用の試料ホルダー制作、観察用試料のデザイン最適化および微細加工、電子顕微鏡像観察および解析技術の向上などの工夫を施すことで、電圧印加その場電子顕微鏡法の精度向上を図りました。

電圧をかけたままの状態で0.01nm以下の原子位置精度を得る

今回の実験は、原子位置精度の検証が目的ですので、測定されるべき原子位置がわかっている状態で測定を行う必要がありました。したがって、加える電圧は1cmあたり0.57kV(0.57 kV/cmの電界強度)と低く設定し、原子位置が大きく変化しない状態で測定を行いました。実際に観察された電子顕微鏡像を見ると、SrTiO3の結晶における原子の配列が明瞭に観察されていることがわかります。得られた写真から原子同士の間隔を算出してその標準偏差を基にして原子位置の精度を割り出したところ、0.01nm以下の精度が得られていることがわかりました。

(a)0.57kV/cmの電界を加えた状態で観察されたSrTiO3結晶の電子顕微鏡像
(b)原子同士の間隔から評価された原子位置の測定誤差

今回の検証により、私たちは電圧を加えることで発現するイオン分極の観察に大きく近づいたと考えています。それだけでなく、電圧印加その場電子顕微鏡法は誘電体以外のさまざまな種類の電子デバイスに適用が可能です。したがって、今後、さまざまな分野にその適用が進み、各種電子デバイスにおける特性発現のメカニズムがより詳細に解明されたり、電子デバイスの材料の開発がより加速されたりするものと期待されます。

参考文献
Yukio Sato, Tsukasa Hirayama, and Yuichi Ikuhara, “Real-Time Direct Observations of Polarization Reversal in a Piezoelectric Crystal:Pb(Mg1/3Nb2/3)O3PbTiO3 Studied via In Situ Electrical Biasing Transmission Electron Microscopy”, Physical Review Letters, 107, 187601-1-5 (2011).
Yukio Sato, Takashi Gondo, Hiroya Miyazaki, Ryo Teranishi, and Kenji Kaneko, “Electron microscopy with high accuracy and precision at atomic resolution: In-situ observation of a dielectric crystal under electric field”, Applied Physics Letters, 111, 062904-1-5 (2017).

この記事を書いた人

佐藤幸生
佐藤幸生
九州大学大学院工学研究院材料工学部門 准教授。福岡県出身。東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻博士課程修了 博士(科学)。セラミックスが示す機能を開拓することを主な目的として、研究を行っています。なかでも、セラミックス中でナノあるいは原子スケールの構造が機能を発現させている仕組み(メカニズム)を明らかにすることに重点をおいて研究をしています。私たちが明らかにした特性発現のメカニズムが材料開発・合成にフィードバックされ、少しでも世の中に立つようになればと思っています。