サクラは春に花をつけ、キクは秋に咲くのが私たちの常識となっているように、同じ種類の植物は決まった時期に開花することがほとんどです。しかし、植物が新しい環境に進出し、その結果、開花する季節が変わったらどうなるでしょう? もとの環境に残っている植物とは開花期がずれ、互いに花粉のやりとりができなくなって、別々の種へと進化する可能性はないでしょうか?

このコラムでは、最近、北海道で発見された初夏に咲くアキノキリンソウを取り上げて、時間的な隔離によって新しい植物が生まれる過程についてご紹介します。

新しい種が進化する条件

生物学において「種」とは、互いに交配できる(遺伝子を交換できる)個体の集まりとして定義できます。ちょっと表現が難解かもしれません。植物を念頭にもう少し噛み砕いて言うと、「同じような形をしている個体で、個体どうし花粉をやりとりしている。そして交配の結果、きちんと健全な子孫を残していける」。この条件を満たしていればそれは同じ種であると言えるでしょう。

ならば、種が分かれていく(種分化)ためには、この基本条件を打ち破る力が必要となるはずです。もっとも一般的な種分化の要因は、「地理的隔離」です。これは、同じ種の個体が空間的に引き離されることで、花粉や種子のやり取りができなくなる状況にあたります。別の島に分布するなら海によって個体が引き離されるでしょうし、高い山がある場合には山の向こう側とこちら側で花粉や種子が行き来できなくなるでしょう。

ほかにも、たとえば同じ種の中に花の色が違う個体が生まれたとして、それぞれの花色を好む昆虫がいたとしましょう。すると昆虫は同じ色の花ばかりを訪れるので、違う花色の間では花粉が運ばれにくくなると考えられます。こうした生態的な要因で新しい種が生まれるというシナリオ(生態的種分化)は、生物の適応という点からとても興味深いものです。しかし、本当に生態的要因だけで種分化が起こったのかどうか(つまり、地理的な隔離の関与はなかったのか)を知ることは容易ではありません。よって、できるだけ地理的隔離の影響が小さい種分化を対象にして、生態的な要因がどう働いたのかを調べることが肝心になってきます。

種分化をもたらす隔離要因として地理的隔離と訪花者の選択性を図説した。点線矢印が花粉を運ぶ昆虫の動きを示し、灰色の壁が隔離機構を表している

「秋に咲かなくなった」アキノキリンソウ

植物の種分化の初期段階において、生態的要因はどのように影響するのか? この疑問に答えるため、私たちはアキノキリンソウという植物に着目しました。アキノキリンソウはキク科の草本植物で、日本では北海道から沖縄の広い範囲に分布しています。近縁な種に北米原産のセイタカアワダチソウがありますが、それよりもずっと小型で楚々としています。その名前のとおり秋に花を咲かせる植物で、林縁や草地で黄色い花が揺れているのを見かけます。ところが私たちの調査によって、このアキノキリンソウが秋に咲かない地域が北海道にあることがわかってきました。それが北海道の特殊土壌地帯(蛇紋岩地帯)と高山帯です。

7月に撮影した北海道産アキノキリンソウの生態写真。左側が蛇紋岩地帯に生育する早咲きの蛇紋岩型、右側がすぐそばの林床に生えていた通常型。この時期、蛇紋岩型(左)は花盛りだったのに対し、通常型(右)は蕾すらつけていなかった

実際に北海道各地(49か所)でアキノキリンソウの開花期を調べたところ、通常型のアキノキリンソウに比べ蛇紋岩地帯の系統は平均で約40日も早く咲き、また標高が1,000m高くなると開花が約22日早まることがわかりました。蛇紋岩土壌は貧栄養で重金属を多く含むため日陰をつくる森林が発達しません。真夏には直射日光が地表に直接届き、灼熱地獄となります。そのため、蛇紋岩型のアキノキリンソウは真夏の高温と渇水に見舞われるリスクを回避するべく、涼しい初夏に咲く性質を獲得したと考えられます。それに対し、気温の低い高山では短い生長期間に種子を実らせる必要がありますので、できるだけ早い時期に咲く性質が好まれたようです。このように蛇紋岩地帯と高山帯では、異なる環境の影響でアキノキリンソウがそれぞれ初夏に開花するようになったと考えられます。

北海道における蛇紋岩地帯の分布。天塩山地から日高地方にかけて島状に分布している(左上図)。蛇紋岩型は6〜7月から開花を始めるため、通常型からは開花期がずれる(右上図)。それに対し、山地帯(左下図)では標高が変化するにしたがって開花期が連続的に変わっていく(右下図)

遺伝分析が明らかにした早咲き系統の進化

こうした地域では、秋に開花する通常型のアキノキリンソウが早咲き系統を取り囲むように生えています。そのため、通常型と早咲き系統のあいだに地理的隔離はありませんが、開花期の違いによって時間的に隔離されている可能性が考えられました。

そこで、早咲き系統と通常型のアキノキリンソウを150株採取し、ゲノムの中の約3,400か所の遺伝的変異を調べました。その結果、通常型の系統と比較して、蛇紋岩地帯に分布する早咲き系統の遺伝的組成が大きく変化していることがわかりました。さらに蛇紋岩地帯の早咲き系統には、6月・7月・8月に咲くものがありますが、より早く開花する個体ほど遺伝的な違いが大きい傾向が見られました。この結果から、開花時期が変化したアキノキリンソウのなかから新しい種が進化しつつあることがわかりました。

その一方で、同じように早く咲く高山帯のアキノキリンソウは、周辺に分布する低地のアキノキリンソウとほとんど遺伝的組成が変わらず、頻繁に遺伝的な交流があることがわかりました。山岳地帯では標高が上がるにつれてアキノキリンソウの開花期が徐々に変化します。そのため、山の頂上と麓では開花期が異なっていても、中間標高の個体を介して遺伝的な交流が続いているのだと考えられます。

このように、たとえ開花期に違いがあったとしても、土壌境界のように環境が急激に変化するか、山の標高のように緩やかに変化するかという条件によって、異なる開花期をもつ系統間で「時間的隔離」が働いて新しい種が進化するかどうかが決まっているようです。

今後の展望

今回のアキノキリンソウの研究では、蛇紋岩地帯と高山帯という特殊環境に適応した結果、繁殖する季節が変化して種分化が促進されていることがわかりました。また、蛇紋岩地帯周辺では数十メートルというわずかな距離で蛇紋岩型と通常型が生育していますが、こうした系統が交じり合わずに共存しているのにも、開花期のずれが一役買っているのでしょう。このように考えると、植物を生態的に隔離する開花期の重要性に改めて気付かされます。今後は蛇紋岩地帯と高山帯のアキノキリンソウが早く咲く原因となっているゲノム変異を調べ、それが2つの環境で共有されているものなのか(同じゲノム変異で早く咲く形質が表れているのか?)、異なっているのか(蛇紋岩型と高山型で独立して獲得された変異なのか?)を明らかにしていきたいと考えています。

 

参考文献
Sakaguchi, S., Horie, K., Ishikawa, N., Nagano, J.A., Yasugi, M., Kudoh, H. and Ito, M. (2017) Simultaneous evaluation of the effects of geographic, environmental and temporal isolation in ecotypic populations of Solidago virgaurea, New Phytologist, doi:10.1111/nph.14744.
Hirano, M., Sakaguchi, S., Takahashi, K. (2017) Phenotypic differentiation of the Solidago virgaurea complex along an elevational gradient: Insights from a common garden experiment and population genetics, Ecology and Evolution, doi: 10.1002/ece3.3252.
Sakurai, A. and Takahashi, K. (2017) Flowering phenology and reproduction of the Solidago virgaurea L. complex along an elevational gradient on Mt Norikura, central Japan, Plant Species Biology, doi: 10.1111/1442-1984.12153.

 

この記事を書いた人

阪口翔太
阪口翔太
京都大学大学院人間・環境学研究科、助教。歴史的な時間スケールで植物多様性がどのように形成されてきたのか、そしてその中で植物がどのように環境適応して生きてきたのかに関心があります。研究スタイルは、フィールド調査に出掛けて試料・データを採取し、それを研究室で分析することが多いです。他にもニホンジカの過採食で荒廃した植生保全動問題に10年来取り組んでいます。著書に、「系統地理学 DNAで解き明かす生きものの自然史」、「「中尾佐助 照葉樹林文化論」の展開 ― 多角的視座からの位置づけ」、「地図でわかる 樹木の種苗移動ガイドライン」(分担執筆)があります。