数十億年にわたる生物の光合成によって生成されてきた地球大気中の「酸素」。私たちの生命活動に必要不可欠な酸素が、地球の重力圏から漏れ出て、38万km離れた月に到達していることがわかりました。

太陽風と地球磁気圏

私たちの母なる星「太陽」。実は非常に活動的であることが知られています。太陽の表面では、フレアと呼ばれる巨大な爆発が活発に起こり、可視光や紫外線やX線などの電磁波以外に、電気を帯びた陽子や電子、微量のヘリウム、炭素、酸素などの荷電粒子が秒速300~900km(平均約500km)の高速で放出されています。この荷電粒子の流れのことを「太陽風」と呼びます。太陽風は1億5千万km離れた地球まで到達しますが、地球は磁気を帯びており、その磁力線によって太陽風から守られています。

図1:太陽と地球磁気圏と月の位置関係の概念図(地球軌道を真横から見たところ)

北極域から南極域へと繋がる磁力線は対称な形ではなく、太陽方向(昼側)では太陽風の圧力で圧縮され、太陽と反対方向(夜側)では彗星の尾のように引き延ばされ、吹き流しのような形をした空間(地球磁気圏)ができていることがわかっています。通常、磁気圏内の荷電粒子(プラズマ)の密度は低いのですが、この中央部には荷電粒子が沈降して密度や温度が高くなったシート状の吹きだまりがあり、「プラズマシート」と呼ばれています(図1は地球軌道を真横から見たところ、図2は地球軌道を真上から見たところ)。月は約28日かけて地球の周りを一周しますが、そのうち約5日間はこの磁気圏の中を通過し、さらに数時間〜半日のあいだ、プラズマシートを横切ります。

図2:今回、プラズマ観測した時の地球磁気圏と月の位置関係(地球軌道を真上から見たところ)

月周回衛星「かぐや」が観測した地球起源の酸素イオン

月周回衛星「かぐや」は、2007年9月に打ち上げられた探査機です。「かぐや」には、地形カメラや高度計、γ線やX線の測定器、プラズマ観測装置など、14種類の観測装置が搭載され、2009年6月に月面に計画衝突するまで、月の起源と進化に関する有益なデータを取得しました。今回、2008年に取得した月面上空約100kmのプラズマデータに着目し再解析したところ、「かぐや」が月とともにプラズマシート(図2のシャドー部分)を横切る場合にのみ、高エネルギーの酸素イオン(O+)が現れることを発見しました
(図3のスペクトルの赤線部分 約104count/cm2/secに相当)。

図3:「かぐや」が観測した酸素イオンのエネルギースペクトル。プラズマシート通過時(図中の赤線(b))に、103〜104eVの有意な酸素イオンを検出

これまで、地球の極域から酸素イオンが宇宙空間に漏れ出ていることは知られていましたが、本研究により、「地球風」として38万km離れた月面にまで運ばれていることが、世界で初めて明らかになりました。

月表土の複雑な酸素同位体組成

特筆すべきは、検出したO+イオンが1〜10keVという高いエネルギーをもっていたことです。このようなエネルギーの酸素イオンは、金属粒子に衝突すると深さ数10nmまで貫入することが可能です。これまで、アポロ計画で採取された月表土の表面から数10〜数100nmの深さの酸素同位体は非常にユニークで、月本来の酸素同位体組成を示す成分以外に、16O-rich成分と16O-poor成分の3成分の存在が指摘されていました。この16O-rich成分は太陽風起源であることが2011年のアメリカ宇宙航空局NASAのGENESISミッションによって明らかにされましたが、16O-poorの起源についてよくわかっていませんでした。一方、地球のオゾン層(O3)の酸素同位体比は16O-poorであることが知られていました。今回の「かぐや」による観測は、地球のオゾン層起源の16O-poor成分と、月表土に見られる16O-poor成分を結びつける観測的な証拠として非常に重要な知見となります。

本研究の意義/面白さ

今回の発見は、月-地球システムが数十億年にわたって「力学的」だけでなく「化学的」にも影響を及ぼしあって共進化してきたことを初めて明らかにした点で学術的に重要です。また、地上数十kmのオゾン層と月表土の化学組成を観測的に関連づける今回の発見は、従来の学協会の枠を超えた学際的な知見として、多方面にインパクトを与えています。さらに、月の砂の表面層の同位体比から地球太古の大気組成が復元できる可能性を示しており、今後の進展に注目が集まっています。

終わりに
 「お月見」、「かぐや姫」、「潮の満ち引き」など、私たちの暮らしにとても馴染み深い「月」。惑星科学的に見ると、衛星/惑星比の非常に大きい特異な衛星であることがわかっています。このような大きな月が地球の周りを公転することにより、地球の地軸の傾きが安定し、生命を育む地球環境が安定に維持されていることは知られていましたが、そうした生命活動(光合成)で作られた酸素がオゾン層(O3)を形成し、そして「地球風」として38万km離れた月に到達し、月の表層環境に影響を与えているという知見が得られたことは、私自身驚きでした。以来、満月を見あげ地球の酸素が今ごろ月面に届いているのかなぁと思うたびに、「人智を超えた自然の営み」にロマンを感じワクワクしています。この記事を読んでくださったみなさんが、月を眺めたときに「月と地球のビミョーな関係」に想いを馳せてくださると大変嬉しく思います。

この記事を書いた人

寺田健太郎
寺田健太郎
大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻・教授
1994年大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。2012年より現職。太陽系の美しさ・不可思議さ、広く希薄な宇宙空間における地球誕生の偶然性・必然性に魅せられて、現在に至る。専門は同位体宇宙地球化学。太陽系の年表を再構築するのが夢。平成23年度文部科学大臣表彰「科学技術賞 研究部門」受賞