世の中のあらゆる物質は、原子や分子が組み合わさってできていることはご存知と思います。では、その原子や分子の「1粒1粒」を実際に見たことはあるでしょうか? 原子の半径は0.1ナノメートル(100億分の1メートル)程度であり、可視光の波長よりもずっと小さいため、肉眼ではもちろんのこと、通常の光学顕微鏡を用いても原子や分子の姿を捉えることはできません。

そこで1982年に開発されたのが、光の代わりに探針という鋭い針を用いて試料を観察する顕微鏡、走査プローブ顕微鏡(SPM)です。これは、点字を指でなぞって読みとるかのように、探針を試料表面に近づけ、探針先端の原子と試料表面上の原子・分子との間の相互作用を検出しながら表面をなぞっていく(走査する)ことで表面の凹凸情報を得るという仕組みです。

SPMの概念図(上段)および銅表面のSTM像(下段左)とAFM像(下段右)。STM、AFMいずれにおいても、1つひとつの銅原子の配列を画像化することができる

SPMを代表する手法として、探針—試料間に流れるトンネル電流(トンネル効果によって探針—試料間を移動する電子)を検出する走査トンネル顕微鏡(STM)と、探針—試料間に働く引力あるいは斥力を検出する原子間力顕微鏡(AFM)があります。原子を可視化する手法としてはほかに透過型電子顕微鏡(TEM)などもありますが、STMやAFMを用いる利点として、原子や分子を観察するだけでなく、原子・分子を探針によって移動させることで任意の構造体を組み立てたり化学反応を誘起したりできることが挙げられます。

今回私たちは、AFMを用いて金属表面上に吸着した1つひとつの水分子を画像化することに初めて成功しました。ここではその顕微鏡画像とともに、SPMがもたらす新しい知見についてご紹介します。

固体表面上の水の単分子層は「濡れの第一段階」

SPMで観察できるのは、固体表面や、その表面上に吸着した原子・分子です。そのためSPMは、表面・界面の構造や物性を調べる「表面科学」という研究分野の発展に大きく貢献しています。なかでも、金属表面上に水分子が直接吸着した「水単分子層」はまさに「濡れの第一段階」といえる構造であり、重要な研究対象です。表面の「濡れ方」は、触媒や電池電極反応、腐食などの化学現象や、摩擦や潤滑などの物理現象などに密接に関わっています。水分子同士は水素結合という比較的弱い力で連結しあい、さまざまなネットワークを構成することができます。そのネットワーク構造はあまりにも多彩であり、表面の種類や温度によって変化しうるため、未だ解明しきれていません。

表面がどのようにして水に濡れていくか、つまり、水単分子層において水分子がどのような水素結合によるネットワークを形成するかを知るための実験手法として、水分子の位置を知ることができるSPMは最適といえます。AFMに比べて1分子スケールの観察が容易であるため、金属表面上の水単分子層のナノスケール観察はSTMを用いて行われてきました。それにより、これまでに国内外の研究者によってさまざまな表面の水単分子膜の構造が解明され、「濡れ」のメカニズムが調べられています。

STMだけでは限界がある

しかし、1粒1粒を見分けるSTMの分解能にも限界があります。STMは原子よりも大きく広がった「電子雲」を観察することになるので、水分子のネットワークのようにさまざまな配向の分子が密集していると、個々の分子の位置を識別することが難しくなります。その一例が、銅の表面上に形成した「水のチェーン」です。このチェーンは、5個の水分子が水素結合によって5員環を形成し、それが構成単位となって1次元的に配列した構造です。この構造モデルは分光実験や理論計算によって提唱されていましたが、STM像だけではチェーン内部の水分子がどのように並んでいるかを知ることができませんでした。

そこで私たちは、このようなSTMでは構造がわからない水単分子層を、AFMによって明らかにすることを試みました。AFMそのものは表面の粗さを調べるために企業などでも使われている一般的な手法なのですが、1原子が見えるほどの高分解能を得るためには複雑な制御回路や精密な力センサーが必要になります。しかし、その測定の難しささえ克服すれば、STMと同程度、あるいはそれより優れた分解能が得られます。実際に、固体表面上に吸着した有機分子をAFMで測定することで、その分子内部のベンゼン環の六角形をも可視化できることが明らかになっています。

AFMで1つひとつの水分子を見分ける

私たちは、STMとAFMを切り替えて測定できる装置を用いて、銅表面上の「水のチェーン」の観察を行いました。STMで観察した「水のチェーン」は、ジグザグ状に並んだ輝点の列として観察されており、その水分子の位置はわかりません。しかし、このチェーンをAFMによって観察すると、1つひとつの水分子が鮮明に可視化され、このチェーンは間違いなく5員環によって構成されていることを実証することができました。精密な力測定を行うことで、水分子内の酸素原子と、探針先端の原子とが接近したときに生じる斥力が、AFMによる1分子イメージングに重要であることがわかりました。

もちろん、AFMを使えば必ずいつでも水分子が見えるというわけではありません。先述のとおり最先端の制御回路や力センサーが必要であることに加え、観察に用いる探針も重要です。今回私たちは、金属製の探針の先端に、一酸化炭素(CO)分子を付着させたものを用いました。

AFMによる銅表面上の「水のチェーン」の測定の模式図

そうすることによる利点は複数あるのですが、最もわかりやすいのは、COが「保護キャップ」の役割を果たすということです。AFMでは、探針先端が金属の状態で観察しようとすると、相互作用が強すぎてチェーンが壊れてしまいます。そこで、化学的に不活性なCOを探針につけることで、チェーンを壊すことなくAFM像を得ることができました。このように、SPMでは探針の構造が極めて重要であるということが、測定の難しいところであると同時に、工夫の余地がある点でもあります。

AFMは”マイナー”な構造を調べるための究極のツールになりえる!

SPMの利点は、広い表面上に少数しか(あるいは、特定の領域にしか)存在しない局所構造も調べられることにあります。図に示すように「水のチェーン」には、一直線に伸びたチェーンが途中で折れ曲がったところや、チェーンが切れたところ(末端)が存在しています。

実際に得られた「水のチェーン」のSTM像(左)とAFM像(中央)、およびそのAFM像から明らかになった構造の模式図(右)。白、赤、茶色の球はそれぞれ水素、酸素、銅原子を表す

これらをAFMによって観察することで、どこに水分子が存在していて、どのように隣の水分子と連結しているかを知ることができました。このような規則正しく並んでいない水分子は、全体でみるとごくわずかです。しかし、そのような特殊な構造こそが、新しい水分子が吸着しやすい、または化学反応が起こりやすい「活性点」となることが知られています。極めて高い分解能によるAFM観察によって、さまざまな局所構造を明らかにすることができれば、表面の濡れ方の完全解明に一歩近づくかもしれません。

おわりに

今回、AFMを用いることで水単分子層内部の個々の水分子が見分けられることを明らかにしました。しかし、これはまだ、AFMによる水の研究における最初の一歩でしかありません。今回は水素結合によるネットワークを形成して完全に静止した水分子を観察しましたが、ばらばらだった水分子が動いてネットワークを形成していく様子をAFMによって観察することも可能であるはずです。あるいは、トンネル電流が流れないためにSTMでは測れない厚い氷の表面構造も、AFMでは明らかにすることができるでしょう。水をはじめとする私たちの身近にあふれた物質による化学・物理現象も、原子・分子スケールではそのメカニズムがわかっていないものがたくさんあります。そのような分子の性質を、文字どおり「1つひとつ」解明していくことが可能になりつつあるのです。

参考文献

A. Shiotari and Y. Sugimoto, “Ultrahigh-resolution imaging of water networks by atomic force microscopy,” Nature Communications 8, 14313 (2017).
S. Maier and M. Salmeron, “How Does Water Wet a Surface?” Accounts of Chemical Research 48, 2783 (2015).
N. Pavliček and L. Gross, “Generation, manipulation and characterization of molecules by atomic force microscopy,” Nature Reviews Chemistry 1, 0005 (2017).

この記事を書いた人

塩足亮隼
塩足亮隼

東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 杉本研究室 助教。博士(理学)。2015年3月、京都大学大学院理学研究科化学専攻 博士後期課程修了。2015年4月より現職。学生のときの研究では主に走査トンネル顕微鏡による単分子・少数分子の化学反応の観察と誘起を行っていました。2年前から走査トンネル顕微鏡に加え、原子間力顕微鏡による単分子計測を行っています。