コミュニケーションと他者の「こころ」

わたしたちは、他者との関わりのなかで生きています。周囲の人の知覚状態(どこを見ているか)や知識状態(何を知っているか)を適切に認識したうえで、その人(たち)の行動を理解したり、その人(たち)とコミュニケーションを行ったり、その延長上に規範や社会を捉えることができます。もちろんコミュニケーションはヒトという生物の専売特許ではありませんが、「ヒトらしい」コミュニケーションやそれを支えるこころのメカニズムは、どのように成立するのでしょう。

乳児を対象とした研究はこの謎に答える手段のひとつです。研究者たちは、生物学的な基盤と出生後(あるいは出生前から)の経験との相互作用を通して、さまざまな行動や認知の様式が出現する発達過程を具体的に明らかにすることで、(大人で見られるような)ヒトのこころの成立過程に迫ろうとしてきました。これまでの研究からも、困った表情を見せたり、助けを求めてきた大人からのコミュニケーションに応える際に、1歳半児でもその他者の知識状態を推測したうえで振る舞っていることが明らかになっています。たとえば、3つの異なるボールがあるなかで「ボールちょうだい」という曖昧な要求を大人から受けた場合、1歳半児は「その大人と一緒に遊んだことのあるボール」を取って渡す、つまり、相手とのこれまでの言語的・物理的な共有経験を考慮して応答しているようなのです。

とはいえこれまでの研究の多くは、乳児が自分に向けられたコミュニケーションに対してどのように応答するか、に着目したものでした。コミュニケーションは、他者の行為に応答する側面と自分から行為を始発する側面とから成り立つ相互的なプロセスと見なす必要がありますが、どうしても「周囲の大人が教える/赤ちゃん、子どもが学ぶ」という教育観の影響が強いためか(それ自体は真実の一面ですが)、赤ちゃん側からの自発的な行動や、関心については、あまりよく分かっていませんでした。

他者の「知らないもの」を乳児が自発的に指差す

2014年に我々の研究グループは、1歳半児が、大人との対面場面において、相手の知識・注意の状況を踏まえた上で自発的に指さして「教えたがる」傾向があることを示す論文を発表しました。具体的には、まず、おもちゃAを使用して赤ちゃんがひとりで(あるいは背後にいる母親と)遊ぶ条件と、おもちゃBを使用して実験者と赤ちゃんとが遊ぶ条件を設定しました(各遊びは1分、条件の施行順序はカウンターバランス)。その後おもちゃは片づけられ、赤ちゃんが実験者と対面して遊んでいると、実験者の背後にある2つの窓からおもちゃAとBが出現しますが、実験者はそれに気づきません。この状況下での赤ちゃんの反応を記録しました。その結果、乳児は、(実験者が経験していないであろう)おもちゃAをより高頻度に指さしました。視線や表情の分析から、そのおもちゃが欲しくて指さしている訳ではないようです。どちらのおもちゃも経験していない新たな実験者と対面する統制実験では、選択的指さしは見られないことも明らかになりました。つまり、「ひとりで遊んでいたおもちゃをより多く指さしている」訳ではなく、目の前に誰がいるかによって指さしの方略を変更していることになります。これらを踏まえて、乳児は実験者と共有した経験に基づいて、「新しいもの」を自発的に指さして「教えている」と結論付けられました。

実験場面における乳児の自発的な指差し

「気づいていない」方の他者に関心を向ける1歳半児

しかし一方で、日常的に経験する社会的な関わりにおいては、赤ちゃんは自他間だけでなく、他者間(たとえば親どうし)のやりとりの観察も手掛かりにして能動的に情報を抽出し、言語学習を行っていることがすでにわかっています(「私」、「あなた」といった代名詞の学習など)。では、目の前のふたりのうち「ひとりは知っていてもうひとりは知らない」状況に、赤ちゃんはどのような反応を見せてくれるでしょう。生後9ヶ月、1歳、1歳半の赤ちゃん(各24名)と保護者の方に参加していただき、実験を行いました。具体的には、保護者の膝に座った乳児に、2人の成人女性が並んで登場する動画を見てもらい、視線計測装置(Tobii TX300)を用いて赤ちゃんが画面のどの部分をどんな順番で見たか測定しました。実験刺激としては2種類の動画を用意しました。ひとつは、ふたりが互いに顔を見合わせてから、一方(行為者)が、前にある2つのおもちゃのうちひとつに視線を向けるもの(顔合わせ条件)、もうひとつは、ふたりが互いに顔をそむけた後に一方がおもちゃに視線を向けるものでした(顔そむけ条件)。

画面内の人物やおもちゃを赤ちゃんがどのくらい・どんな順番で見たかを解析したうえで、月齢ごとに結果をまとめ分析をおこなったところ、9ヶ月・1歳児はどちらの条件においても「行為者が見たおもちゃ」に視線を向けていました。つまり、行為者の視線を追っていたのです。しかし、1歳半児の反応は異なっていました。顔合わせ条件では9ヶ月・1歳児と同じ結果でしたが、顔そむけ条件では、行為者の視線を追うのでなく、行為者の隣にいる大人により視線を向けていたのです。

顔合わせ条件では画面内の2人の注意は共有されていると考えられますし、行為者の注視によって、もうひとりとの間に注意や知識のギャップが生じることはなさそうです。しかし 顔そむけ条件では、もうひとりは、行為者の注視に気づいていないかもしれないし、他のことに注意を向けているかもしれません(そして赤ちゃん自身は、行為者の行為を知っています。もうひとりの人物だけが「知らない」可能性があるのです)。1歳半の赤ちゃんは、このような自他間および他者間の認識論的な差異を踏まえ、「気づいていない」他者に自発的な関心を寄せたと解釈することができました。

動画刺激の例および主な結果

研究から考えられること

これらの研究結果は、1歳半の赤ちゃんが、コミュニケーション場面において、相手の気づいていない・知らないものを自発的に指さすような「教えたがり」の傾向を持つばかりか、他者同士のやりとりにおける心的状態の共有に対する感受性まで備えていることをはじめて示唆したものです。彼らは、従来論じられてきたように「有能な教わり手」であるだけでなく、他者の状況を踏まえた上での自発的で柔軟な「教え手」でもあり、また、他者間の知識状態の違いを「気遣う」反応さえ示すのです。このような赤ちゃん研究の成果は、発達心理学にとどまらず、コミュニケーションそのものや「教えること」の起源を理解する上でも新たな視点を提供してくれます。なお、こういった能力・傾向が9ヶ月や1歳児で見られなかったことは、神経基盤の成熟が関与している可能性も考えられますが、反応の発現に至るまでの成熟過程においては、養育環境における経験が大きな手掛かりとなっている可能性を無視することはできません。「9ヶ月や1歳児は”気遣わない”」訳ではないことは申し添えておかなくてはいけませんし、行動発達の背景になる要因がどのようなものかについては、今後検討していきたいと考えています。

 

引用文献

  • Meng, X., & Hashiya, K. (2014). Pointing behavior in infants reflects the communication partner’s attentional and knowledge states: a possible case of spontaneous informing. PLoS ONE, 9(9), e107579.
  • Meng, X., Uto, Y., & Hashiya, K. (2017). Observing Third-Party Attentional Relationships Affects Infants’ Gaze Following: An Eye-Tracking Study. Front. Psychol. 7:2065.

この記事を書いた人

孟憲巍, 橋彌和秀

孟憲巍(もう けんい)

九州大学大学院人間環境学府・日本学術振興会特別研究員(DC1;2015年〜)。

赤ちゃんを対象とした実験心理学的研究を通して、情報伝達の発達的起源を検討しています。赤ちゃんはリーチングや、指差し、視線行動など、言語にとらわれないコミュニケーションの手段を駆使して、我々が探求すべき「問い」に答えてくれます。それが研究の醍醐味なのですが、「では、どのように問えば赤ちゃんは答えを返してくれるのか?」という難しさを実感しています。


橋彌和秀(はしや かずひで)

九州大学大学院人間環境学研究院准教授

1968年広島県生まれ。京都大学大学院理学研究科博士後期課程霊長類学専攻修了。博士(理学・京都大学)。日本学術振興会特別研究員PD(東京大学医学系研究科)、京都大学教育学研究科助手を経て現職。コミュニケーションおよびその基盤となる「こころ」の起源に、発達と進化の両側面から、乳幼児を対象とした行動実験、種間比較等の手法をもちいて実証的にアプローチしている。