西南日本の深部低周波地震

西南日本は、その下にフィリピン海プレートが沈み込み、1944年東南海地震や1946年南海地震のようなプレート境界巨大地震が過去に何度も発生し、大きな被害を受けてきました。これら巨大地震の震源域(すなわち固着域)に隣接して、その深部側の深さ30km付近のプレート境界では、東海地方から豊後水道に至る長さ約700kmにわたって、低周波の卓越した小さな地震、深部低周波地震が、約3か月ないし6か月間隔で繰り返し発生しています。

図1 西南日本の深部低周波地震の分布(赤点)と1944年東南海地震、1946年南海地震の震源域(緑領域)

図を詳しく見ると、多数発生し帯状に分布するこれら深部低周波地震は、伊勢湾(図中のC)と紀伊水道付近(図中のD)で途切れています。さらに、その東および西に隣接する関東および九州では、同じようにフィリピン海プレートが沈み込んでいるにも拘わらず、深部低周波地震は発生していません。何故そのような違いが生じるのでしょうか? その原因を探ることを考えてみました。

ゆっくり滑りと低周波地震

沈み込み帯のプレート境界では、その滑り方に2種類あると、これまで考えられていました。温度の低い浅部では、プレート境界は普段固着していて、固着により蓄積した応力が強度の限界に達すると急激に滑ります。プレート境界地震です。一方、深部では温度が高くなり、もはや固着は生じないで定常的にずるずるとゆっくり滑っています。

ところが最近になって、上記2種類の滑り方とは異なる滑り方をする領域もあることがわかってきました。普段は固着していて応力が強度に達すると滑るという点では通常の地震と同じですが、地震のように急激に滑るのではなく、ゆっくりと滑るのです。このような領域があることが、地殻変動データを丹念に解析することにより、西南日本とカナダ太平洋岸のプレート境界で、ほぼ同時に発見されました。その後、このように間欠的に起きる「ゆっくり滑り」が世界の沈み込み帯で相次いで報告されるようになりました。現在までに見出されたゆっくり滑りの継続時間は数日~数年と極めて幅が広く、ゆっくりと滑るので地震波を励起せず、したがって通常は地震計では観測できません。ただし、数日~数週間程度と継続時間の短いゆっくり滑り(短期的ゆっくり滑りと呼ばれる)のなかには、それに伴って低周波の地震波を励起するものもあります。地震計で検出されるこれらの地震は「低周波地震」と呼ばれ、固着の不均質に起因してところどころで滑りの加速や減速が生じ、その結果生成された低周波の地震波をみているのだと考えられています。西南日本の深部低周波地震もそのひとつです。

深部低周波地震と巨大地震震源域

ゆっくり滑りは、大地震の震源域すなわち普段固着している領域の周囲で発生します。したがって、それに伴って生じる低周波地震も大地震震源域の周囲で発生します。プレート境界は海溝から陸に向かって傾斜しているので、そのうち深部側で起きている低周波地震(すなわち深部低周波地震)は陸域の観測網に近く、そのため最初に発見されました。西南日本の深部低周波地震がそれです。深部低周波地震については、これまで多くの研究が行われてきました。地震計で観測できるので、GPSや傾斜計などで観測されるゆっくり滑りより検知しやすいからです。地球潮汐による応力変化や大振幅の地震波の通過による応力変化など、小さな応力変化にも敏感に反応して誘発されることもわかっています。これは、深部低周波地震の発生している領域が「強度が非常に弱い断層」であることを示唆しています。プレート境界の強度を弱くする原因としてはそこでの高い流体圧が考えられますが、流体圧を上昇させるメカニズムはよくわかっていませんでした。

また、これらの周期的に繰り返す深部低周波地震/短期的ゆっくり滑りは、隣接する巨大地震震源域にその破壊を促進する方向に応力を加えます。その量は小さいですが大地震発生との関わりが指摘されています。このように、深部低周波地震の発生場の理解はプレート境界での滑り過程を解明するために重要です。

そこで我々は、深部低周波地震(と短期的ゆっくり滑り)を引き起こす原因を探ることを目的に、世界で最も稠密な地震観測網が構築されている西南日本を対象に、地震波速度構造を高精度に推定することを試みました。深部低周波地震が発生するか否かは、プレート境界での水の挙動が決めていると推測し、地震波速度の情報から、それを確かめることができるのではないかと考えたのです。

地震波速度異常域

西南日本で発生している地震のデータに地震波トモグラフィを適用して、深部低周波地震発生域周辺の詳細な地震波速度構造を求めました。地震波トモグラフィは、医学で使われるCTスキャンと同じ原理であり、地震の震源から放射されたP波(縦波)およびS波(横波)が観測点に到達する時刻のデータを用いて、地下のP波およびS波速度構造を求めることができます。このとき、多数の地震と観測点のデータを使うと、得られる地震波速度構造の解像度が上がります。

P波446,805個、S波392,404個の到達時刻データを用いることにより、関東から九州まで約1000kmにわたる帯状の領域周辺における地震波速度の空間変化を明らかにすることができました。その結果、深部低周波地震が発生している領域では、プレート境界直上の上盤プレートの岩石が平均的な地震波速度を示すこと、一方、深部低周波地震が発生していない関東、伊勢湾、紀伊水道、九州では、プレート境界直上の岩石の地震波速度が平均よりも4%以上遅く、かつP波速度とS波速度の比(Vp/Vs比)は1.80以上か1.70以下という異常な値を示すことがわかりました。

図2 図1の青枠で囲まれた領域(長さ1000km)におけるP波速度分布(上図)とVp/Vs比の分布(下図)。フィリピン海プレート境界から1~4km上方の上盤プレート内の値を示す。深部低周波地震の非発生域ではP波速度が遅く、Vp/Vs比が1.80以上か1.70以下となっている

関東、伊勢湾、紀伊水道、九州で見出された、このような異常な地震波速度の値は、プレート境界直上の岩石が水による変成作用を受けていることで説明できます。プレートは沈み込みに伴う温度と圧力の上昇により保持していた水を吐き出すので、プレート境界には大量の水が溜まっていると推定されますが、このことは、その水が漏れて直上の上盤プレートの岩石を変成させていることを示唆します。水漏れしていれば、流体圧が低下するのでプレート境界の強度は大きくなります。さらに、プレート境界から漏れた水は上盤プレート内で発生する地震の原因にもなります。

図3 深部低周波地震の発生域(a)と非発生域(b)における水の挙動の模式図

一方、水漏れがなければ、流体圧が高くなりプレート境界は「弱い断層」になります。さきに深部低周波地震の発生している領域ではプレート境界の強度が弱いと推定されると書きましたが、その推定と良く一致します。どうやら深部低周波地震(と短期的ゆっくり滑り)の発生には、プレート境界で水漏れがなく高い流体圧になっていることが必要なようです。
地下深部の巨大地震発生域で、プレート境界の流体圧を直接測定することは不可能です。しかし、今回の研究結果は、プレート境界付近の地震波速度構造を丹念に調べれば、流体圧の空間変化を知ることができる可能性を示しています。プレート境界の強度の空間変化や沈み込み帯の水循環の理解が進むと期待されます。
参考文献
Nakajima, J. & Hasegawa, A., 2016, “Tremor activity inhibited by well-drained conditions above a megathrust”, Nature Communications, 7, doi:10.1038/ncomms13863

この記事を書いた人

長谷川昭

1969年東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻修士課程修了。東北大学理学部助手,助教授,教授を経て,名誉教授。専門は地震学,特にプレート沈み込み帯の地震の発生機構。現在は、地震の発生は水がコントロールするという視点から研究を進めています。