ヒトを含むさまざまな動物は、睡眠・覚醒やホルモン分泌などの多くの生理機能が、一日のうちの時刻によって変化しています。このような変化は、体内時計(概日時計)が司っています。体内時計は個々の体内で、約24時間周期で回っているのですが、通常は環境の明暗周期などに同調しているため、ちょうど24時間周期で時を刻んでいます。

私たちは、生理機能だけではなく、記憶のような脳の高次機能も体内時計によって制御され、時間により変化するのではないかと考えました。本当に変化しているのか、変化しているのであればどのような仕組みで制御されているのか、私たちはその分子メカニズムにまで迫るため、マウスを用いてこれらの研究に取り組んできました。

長期記憶効率の日周変化

マウスに2つの積み木を5分間呈示して探索させます(=学習)。一定時間後に、最初に呈示した積み木のひとつと、新しい形の積み木ひとつを呈示します(=テスト)。マウスは新しい物に興味があるので、はじめに呈示した積み木の形を覚えていれば、新しい方を探索する時間が長くなります。これはマウスの好奇心を利用した一般的な記憶効率の測定法で、新奇物体認識課題といいます。

fig1

学習からテストまでの時間を24時間にした長期記憶の課題を、一日のうちのさまざまな時刻に行うと、マウスの活動期の前半(マウスは夜行性なので夜の前半にあたる)に、長期記憶効率が最高に達しました。このような長期記憶効率の変化は、24時間の明暗周期環境下でも、環境の光条件を一定にしたときでも見られます。また、学習とテストのどちらのタイミングが長期記憶のしやすさに重要であるかを調べたところ、学習のタイミングを夜の前半にすることが長期記憶には重要であり、テストのタイミングはどの時刻であっても影響を受けないことがわかりました。

何が長期記憶の日周変化を生み出すのか

記憶は脳の海馬が司ることはよく知られていますが、海馬から遠く離れた場所に位置する「視交叉上核(しこうさじょうかく)」という脳内の神経核を破壊すると、このような長期記憶の時刻変化は消失し、どの時刻にも学習できなくなりました。視交叉上核は体内時計の中枢であるため、この実験から、中枢時計が学習効率の時刻変化を生み出す事がわかります。時計は海馬にも存在しますが、この海馬時計は中枢時計の支配下にあることが知られています。遺伝子工学的な実験手法を使って海馬時計だけを破壊すると、やはり長期記憶が保持できなくなりました。

fig2

これらのことから、長期記憶効率の時刻変化は、海馬時計を介して視交叉上核の中枢時計によって支配されていることがわかりました。一方、学習からテストまでの間を8分にした短期記憶は、一日を通して一定の記憶効率を示し、さらに視床下部の中枢時計や海馬の末梢時計を破壊しても、何ら影響を受けませんでした。つまり、短期記憶から長期記憶にするための固定化する過程が、体内時計の制御下にあるため、時刻によって長期記憶効率だけが変化することがわかりました。

体内時計と長期記憶を繋ぐ分子メカニズム

海馬での長期記憶形成には、SCOPという分子が関わっている事がわかっていました。海馬でのSCOPの役割をまとめると、以下のようになります。

(i)学習刺激が海馬に入ると、神経細胞内のCaイオン濃度が上昇し、タンパク質分解酵素であるカルパインが活性化する。
(ii)活性化したカルパインはSCOP を分解し、それまでSCOPに結合して抑制されていたK-Ras が活性化する。
(iii)K-RasはERK カスケードの活性化を介して、記憶を固定化して長期記憶形成に導くCRE依存的な遺伝子を転写活性化する。

fig4

このようにSCOPは、海馬の長期記憶システムの上流に位置し、記憶の固定化に関わるタンパク質であるK-Rasを抱き込むことで、長期記憶を形成するためのポテンシャルを蓄えます。体内時計が長期記憶の効率を制御するためには、SCOP が関わる記憶固定化のシグナル伝達機構を制御することが重要です。海馬神経細胞の膜ラフトという細胞膜内のマイクロドメインにおいて、海馬時計の制御によって海馬のSCOP 量が時刻変化し、これにより、抱き込む K-Ras の量が変化し、長期記憶形成のポテンシャルを一日の活動期の前半だけに蓄えます。同じ学習シグナルが海馬に到達しても、これを固定化する過程で働く分子の量が日周変動しているので、長期記憶に時刻変化が生み出されていることがわかりました。

おわりに

ヒトでも記憶しやすさには時刻変化がありそうだと言われています。今回発見した仕組みに関わるすべての分子はヒトにも存在するので、この仕組みはヒトにもあてはまるかもしれません。ただし、長期記憶のピークが活動期の前半だとすれば、夜行性のマウスに対して昼行性のヒトでは、長期記憶の学習効果のピークは昼の前半(午前中)にあたります。このような記憶の固定化の時刻変化を利用して、より効率よく学習効果を上げることも可能かもしれません。

参考文献

K. Shimizu et al. (2016) Nature Communications 7, 12926
K. Shimizu et al. (2007) Cell 128, 1219-1229

この記事を書いた人

清水貴美子
清水貴美子

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 助教。大阪大学(蛋白質研究所)での大学院生時代に概日時計発振機構の研究を始める。University of Washington, Dept. Pharmacology でのポスドク時代にマウスを使って記憶の研究を始める。現在は、マウスやニホンザルを使って記憶や情動の概日制御メカニズムを研究中