市民を代表する機関の意思決定と世論との関係

政府や議会、最高裁判所などの機関による意思決定は、そのコミュニティで暮らす市民の意見や考え、すなわち世論を反映しながら行われるものです。過去の研究からは、反対に、機関による決定が世論を変容させる影響力をもつことも知られています。では、その決定は、人々が思い浮かべる「社会で広く受け入れられている見解」も変容させるのでしょうか。

人々が思い浮かべる「社会で広く受け入れられている見解」とは、たとえば、「日本人の多くは同性婚に賛成しているだろう」とか「今後、同性婚に賛成する意見が日本で増加していくだろう」といった、現時点での世論や今後の動向に対する予測を指します。もし、機関が民主主義的なものであれば、そこで下される決定は世論を反映したものになると考えられます。ならば、従来の伝統や慣習に反するような決定が新たになされた場合、その決定は、すでに世論が変化していることを人々に知らせるシグナルとして機能する可能性があります。

近年、性的マイノリティの権利を認める動きの高まりに合わせて、少しずつこの点についての検討は増えてきました。たとえば、性的マイノリティの権利を認める政策決定や最高裁判所での判決が、マイノリティに対する市民の好意的な態度を高めたり、性的マイノリティに対する世論は以前よりも好意的なものなのだと人々の認識を改めさせたりすることが明らかにされています。しかしながら、それらは欧米諸国での検討にとどまっており、それ以外の地域での検討は十分に行われていませんでした。

また、性的マイノリティに対する差別や偏見の背後には、社会心理学的現象である「多元的無知」が潜んでいることが知られています。これは、人々がお互いの本心を誤解し合ったがために、本心とは裏腹な行動が広く社会を支配してしまうという現象です。複数の先行研究から、近年では性的マイノリティに対する一人ひとりの市民の態度は肯定的になってきているにもかかわらず、「他の市民たちは自分ほど肯定的ではないのだろう」と多くの人々が思い込んでおり、これが根強い差別や偏見の一因である可能性が示されています。これはつまり、一人ひとりの「“現在、社会で広く受け入れられている見解はこういうものだろう”という推測」と「実際に社会で広く受け入れられている見解」とがずれてしまっている状況に、社会が陥っているといえます。もし、機関による新たな決定が世論変化を伝えるシグナルとして働くならば、こうした他者の信念に対する誤った思い込みを是正することができるかもしれません。

東京都での新条例の成立を用いた実証的検証

2018年10月に、東京都は性的マイノリティに対する差別を禁止する条例(東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例)を成立させました。これは、機関が下した決定の影響を欧米以外の地域で検証するまたとない機会だといえます。私たちの研究グループは、都民の間で条例成立の事実があまり知られていないという予備調査の結果を受け、積極的にその情報に触れさせることで、その効果を検証しました。

具体的には、実験に参加してくれる東京都民を募集し、参加してくれた実験参加者たちをランダムに実験群と統制群のいずれかに割り当てました。実験群には条例が成立したことを知らせるニュース動画を、統制群には条例成立とは無関係なニュース動画を呈示し、視聴するよう求めました。そのうえで、回答者自身が性的マイノリティに対してどの程度好意的か、他の都民たちはどの程度好意的だと思うか、性的マイノリティに対する支援や理解が将来的に高まると思うか、そして、性的マイノリティについて好意的な意見を今後表明していこうと思うかなどを測定しました。

機関による意思決定が市民にもたらす効果

その結果、第一に、都民の間においても多元的無知が生じていることが示されました。すなわち、多くの回答者は性的マイノリティに対してある程度、好意的な態度を抱いているにもかかわらず、他の都民はそれほど好意的ではないのだろうと推測していることが明らかになりました。

図1 性的マイノリティに対する態度における多元的無知

次に、条例が成立したという情報に触れることで、性的マイノリティに対する支援や理解が将来的に進むという期待が高まるものの、マイノリティに対して回答者がどの程度好意的か、他の都民たちはどの程度好意的だと思うか、そして今後ポジティブな意見を表明していこうと思うかの度合いは変化しないことが示されました。つまり、条例が成立したという事実を伝えられてもなお、多元的無知は解消されず、新条例成立が世論変化のシグナルとして機能しなかったことを示唆しています。

図2 条例が成立したという情報に触れると、性的マイノリティに対する将来的な支援・理解増への期待が高まる

本研究は、欧米諸国以外でも、市民を代表する機関による決定が、社会の変化に対する市民の期待を高める可能性があることを示唆しています。ただ、先行研究とは違って、市民一人ひとりの考えや、「現在、社会で広く受け入れられている見解」に対する認識には影響がみられませんでした。これは回答者の文化的背景の違いによるものではなく、新条例の成立にあたって「オリンピック憲章にうたわれる多様な人々の人権尊重の理念を都民に浸透させるために条例を制定する」という点を強調したことが関係していると考えられます。すなわち、このように成立の経緯を伝えたことで、「性的マイノリティに対する他の都民の考えは未だに否定的なままで、アップデートされていないのだろう」と回答者たちに認識させてしまったのかもしれません。本研究成果は、機関の決定が市民に与える影響は、人々がその決定の経緯をどう受け止めるかによって左右される可能性を示唆しています。

参考文献

    • Miyajima, T., Nakawake, Y., Meng, X., & Sudo, R. (2023). Ordinance influences individuals’ perceptions towards prospects of social circumstance but not the status quo: An experimental field study on sexual minorities issues in Japan. Asian Journal of Social Psychologyhttps://doi.org/10.1111/ajsp.12568

この記事を書いた人

宮島 健
宮島 健
福岡女学院大学人間関係学部心理学科・講師
集団や組織に関わる研究(集団内の人々の相互作用や集団間関係など)に取り組んでいます。現在は特に、“ホンネ”では人々に受け入れられていないはずの社会規範や文化の維持・再生産に関与する「多元的無知」のメカニズムを集団力学の観点から検討しています。日常生活のなかで浮かんだ疑問から研究がスタートすることが多く、得られた研究成果を現場に還元させられるような実践的意義の高い研究を目指しています。