強誘電体メモリとは?

世界初の強誘電体は、フランス西海岸のLa Rochelle在住のセニエット薬剤師がワイン樽のなかから1600年代に発見したロッシェル塩 NaKC4H4O6•4(H2O)で見出されています。その強誘電性は、1920年の論文で電場と電束密度の非線形性として報告されています。

伝導体で観測される電場と電流間の比例関係(オームの法則)は、誘電体では電場と分極間の比例関係になります。強誘電体では、この電場と分極間にヒステリシス(履歴効果)が生じ、ゼロ電場にしても2つの残留分極値(+Prと−Pr)を示す双安定状態を形成します。このときの状態をそれぞれ「0」または「1」に対応させることで、強誘電体をメモリとして利用できます。

強誘電体であるチタン酸バリウムBaTiO3やチタン酸ジルコン酸鉛Pb(Zr1-xTix)O3(PZT)は、我々の日常生活に必要不可欠である不揮発性メモリなどに使われている無機材料です。

一方、有機材料は、化学的な手法による材料設計の自由度が高く、さまざまな分子形状を設計でき、その分子集合様式を制御することで多彩な機能を引き出すことができます。このような有機材料の特徴を利用することで、SDGsに考慮した材料を設計することができます。たとえば、鉛などの有毒な重元素や希金属を含まない、柔軟軽量で安価なメモリデバイスの作製が可能となります。

また、メモリ開発において「従来にない動作原理の探索」は、小型で大容量の記憶素子を開発するうえで重要な技術になります。無機強誘電体の多くが原子変位型の強誘電体メカニズムであるのに対し、有機材料では分子間プロトン移動、分子間電荷移動や極性分子ローターなどのユニークな動作原理が設計可能です。

有機分子で「おわん型分子」を設計する

有機分子のおもしろさは、三角形・四角形・五角形・六角形など、その形状が多岐にわたり、それらが互いに結合することで無限ともいえる分子形状が考えられることにあります。無機材料は、元素の組合せの多様性にそのおもしろさがありますが、分子構造や配列構造に関しては、有機材料の方に軍配が挙がるでしょう。

六角形であるベンゼンを結合すると多様な平面π電子系化合物が得られ、それらを集積化させることで優れた導電性などの機能が発現できます。六角形に五角形を組み込むと、非平面型の球状分子であるC60が出現します。このC60の部分構造であるスマネンやコラニュレンは、有機分子でないと設計不可能な「おわん型の分子」であり、興味深い研究対象となります。

おわん型分子は凹面と凸面の異なる面をもち、おわんを重ねた方向に分極したカラム構造を形成しやすい特徴があります。この、おわん型分子の積層を利用した機能材料の創製は、どのような視点から実現できるでしょうか?

おわん反転の実現に至るまで

おわんを重ねた分極カラム構造で真っ先に思いつくのは、外部電場によるおわん反転の誘起でした。おわん分子の反転は、溶液中のスマネンでは観測されていますが、固体中でカラム構造にすると反転運動を実現するのは困難です。いろいろな湾曲分子を試しましたが、強誘電体の実現に至る湾曲分子は簡単には見いだせませんでした。

そのような模索中に出会ったのが、埼玉大学の古川先生と斎藤先生が開発した「チアスマネン」です。スマネンの一部の炭素原子を硫黄原子に置換すると、おわん分子の深さが浅くなります。3つの硫黄原子を導入した「トリチアスマネン誘導体」(下図左上、CnSS)では、おわんの深さが浅くなり、より小さな外部エネルギーで湾曲分子の表裏のボウル反転を固体状態においても可能となりました。私たちは、結晶中における分子配列と熱運動を制御するために6本のアルキル側鎖を導入したチアスマネンを合成し、その相転移挙動・分子配列様式・強誘電物性の評価を試みました。

新たに合成したチアスマネンが、強誘電体として振舞うことは、電場-分極曲線の測定から実験的に確認できました(下図右)。側鎖が部分的に融解した柔粘性結晶のような分子集合体で、おわん分子が互いに重なったカラム構造が、外部電場の印加により、おわん分子の表裏のボウル反転が生じ、これに伴って結晶の分極方向が反転します(下図左下)。分子の表と裏を外部電場により制御可能な分極反転メカニズムは、有機分子の設計自由度の高さがあって初めて実現できる性質であり、高密度な不揮発性分子メモリへの応用を可能とします。

まとめ

今回の研究のポイントは、「固体中でもおわんの形がペコペコ反転できるユニークな分子」を用いた点にあります。おわんの内側と外側が区別可能な非対称性を持つことに注目し、「上向き」の状態と「下向き」をそれぞれ「0」と「1」としたメモリを実現しました。湾曲したπ共役化合物の表と裏を利用することは、外部電場によりスイッチング可能なこれまでに例のない強誘電体の分極構造の発生メカニズムです。

私たちはこの研究から、高密度な不揮発性強誘電体メモリが、1 nm以下のサイズを有し化学的な設計自由度の高い有機分子の特徴を最大限に利用することで、作製できることを示しました。ひとつのおわんカラムの反転が1 bitの記憶に対応すると、今回のおわん型分子の集合体では、約12 Tb cm−2の分子メモリ素子の作製が可能となります。有機分子の場合、発光特性や導電性などのさらなる機能の付加が可能であることから、多様な外場に段階的に応答可能な多重メモリ材料の創製にも期待がもてます。

参考文献
“Ferroelectric Columnar Assemblies from the Bowl-to-Bowl Inversion of Aromatic Cores”
Shunsuke Furukawa, Jianyun Wu, Masaya Koyama, Keisuke Hayashi, Norihisa Hoshino, Takashi Takeda, Yasutaka Suzuki, Jun Kawamata, Masaichi Saito and Tomoyuki Akutagawa, Nature Communications, 2021, 12, 768-1-9
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-021-21019-4

この記事を書いた人

芥川 智行, 古川 俊輔, 斎藤 雅一
芥川 智行, 古川 俊輔, 斎藤 雅一
芥川 智行(写真左)
東北大学多元物質科学研究所 教授
札幌に生まれ、京都大学で博士号を取得。北海道大学電子科学研究所助手、同准教授をへて2010年より現職。子供のころから科学者を目指していたわけではなく、気がついたら化学者になっていた。シンプルな分子の集合体からどの様に優れた機能性を出現させるかを考え、分子集合体構造の設計から物性・機能の探求を行っています。
HP: http://www2.tagen.tohoku.ac.jp/lab/akutagawa/html/Homepage2010/index-j.html

古川 俊輔(写真中)
埼玉大学大学院理工学研究科 助教
栃木に生まれ、東京大学で博士号を取得。東京大学大学院理学系研究科特任助教をへて2014年より現職。立教大学理学研究科(客員准教授)、MI-6株式会社(技術顧問)、株式会社FRACTAL(最高戦略責任者)、ARchemisT(代表)。学問の傍ら、科学エンタメのYouTubeチャンネルをやっています。

斎藤 雅一(写真右)
埼玉大学大学院理工学研究科 教授
東京に生まれ、東京大学で博士号を取得。埼玉大学理学部助手、同准教授をへて2009年より現職。高校生のころは数学者を目指していたが、多少の挫折をへて(笑)化学者を目指すことを決意し、現在に至っている。未知の結合様式や構造には夢の性質や理論が隠されていると信じ、そのような物質の創製を目指しています。
HP:http://www.chem.saitama-u.ac.jp/msaito-lab/index.html