多くの大質量銀河の中心には、太陽の数百万倍から数十億倍(!)にも至る質量を持つ「超巨大ブラックホール」が存在すると考えられています。今回は、最新の電波観測から推測された超巨大ブラックホールの成長機構についてご紹介したいと思います。

超巨大ブラックホール形成の謎

今も昔も、「ブラックホール」は多くの人を惹きつける天体です。基礎物理を探究する立場からは、一般相対性理論のような基本則の妥当性を調査する格好の「実験場」であると言えます。その一方、宇宙の古今にわたる天体の進化(歴史)を紐解く天文学者にとっては、その形成過程や、他の天体現象に及ぼす影響が重要な研究テーマとなります。

近年の観測から、大質量銀河の中心には超巨大ブラックホールが普遍的に存在することが分かってきました。しかし、その形成過程は謎に包まれており、現代天文学が解決すべき重要課題となっています。基本シナリオとしては、種となる小さいブラックホールに、周囲の宇宙空間を漂う「星間ガス」が降り積もる(天文学では「ガス降着」と呼ぶ)ことで太るのだと考えられるため、要するにその「ガス降着を引き起こす機構」がよく分かっていないわけです。

「ブラックホールは強力な重力源なのだから、放っておけばガスは勝手に落ちるのでは?」と思われるかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。一般に、天体を周回するガスには遠心力がかかるため、それが中心天体の重力と釣り合うとガスは安定な軌道に落ち着き、さらに内側へはほとんど流れこめなくなるのです。これを念頭に置くと、「ガスの安定な運動」を無理やりにでも妨げてやれば(より専門的に言うと、角運動量を引き抜いてやれば)、そのガスはブラックホールへ大人しく落ちると期待できます。

銀河中心数百光年 – ガス降着のミッシングリンク

では、そのようなガスの安定運動を妨げる現象としては何が考えられるでしょうか。たとえば、銀河同士の衝突合体は理論的にも観測的にも支持される有力機構です。また、銀河の星々自体が作り出す重力の影響も唱えられています。いずれにせよ、これらの機構は、銀河規模に広がったガスを中心の数百光年程度まで降着させる際に威力を発揮します。他方、超巨大ブラックホールのごく近傍、わずか1光年以下の領域については、小さすぎて写真を撮ることがほぼ不可能な代わりに、膨大な数の観測データからその性質を統計的に探るという研究が活発になされています。

ところが、両者をつなぐ「銀河中心数百光年から1光年程度の領域」に関しては、高品質・高解像度の天体観測の技術的難しさと観測に適した天体の少なさが相まって、なかなか理解が進んでいないのが現状です。つまり、ブラックホール成長の研究におけるミッシングリンクなのです。

最新電波観測で挑戦!

このミッシングリンクをあばくため、我々のグループでは、南米チリに設置された最新電波望遠鏡であるアルマ望遠鏡などで得た観測データを用いて、超巨大ブラックホールの周囲数百光年に存在する高密度分子ガスの性質を調べました。銀河中心部のガスの主な存在形態たる「分子ガス」の性質を調べて、何かしらガス降着に関する知見を得ようという魂胆です。

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南米チリのアルマ望遠鏡。国際共同で運営されている最先端の電波望遠鏡群です

観測した天体の一例を示します。これは、NGC 7469という名前の銀河で、中心に超巨大ブラックホールがあります。アルマ望遠鏡による高密度分子ガス観測から、その中心部には直径数百光年程度の円盤状の構造があることが分かりました。同様の円盤構造は、他の天体でも観測されています。これは、先述の通り、重力と遠心力が釣り合い、落ち込むガスが安定軌道を描く(言い換えれば、ある半径付近にガスが溜まる)ことで形成された円盤だと理解できます。

観測の一例。近傍銀河 NGC 7469の可視光画像(左)と、アルマ望遠鏡で取得したその中心部の電波画像。高密度分子ガスの分布を描いており、中心部に円盤構造が見えます(赤くなっている箇所)
観測の一例。近傍銀河 NGC 7469の可視光画像(左)と、アルマ望遠鏡で取得したその中心部の電波画像。高密度分子ガスの分布を描いており、中心部に円盤構造が見えます(赤くなっている箇所)

この円盤からさらに内側への降着機構を考察する前に、まずはこの円盤構造自体の重要性を確認しておきましょう。実は今回の研究で、こうした銀河中心分子ガス円盤の質量と、超巨大ブラックホールへのガス降着率(1年間に落ち込むガス質量のことで、ブラックホール近傍のX線観測から推定可能)には正の相関関係があることが分かりました。その一方、銀河全体で測定した分子ガスの総質量については、そのような関係は見られません。つまり、ブラックホール付近のガスの多寡が、ブラックホール成長をコントロールする一つの鍵になっているのです。これは、具体的なガス降着機構を考えるための重要なヒントになりそうです。

高密度分子ガス円盤の質量と、超巨大ブラックホールへのガス降着率の相関図。銀河中心部の高密度円盤(青)については相関関係が存在する一方、銀河全体のガス総量(黒)には全く見られないことが分かりました
高密度分子ガス円盤の質量と、超巨大ブラックホールへのガス降着率の相関図。銀河中心部の高密度円盤(青)については相関関係が存在する一方、銀河全体のガス総量(黒)には全く見られないことが分かりました

鍵は超新星爆発にあり!?

では、最後に銀河中心数百光年の領域で働くガス降着機構を推測します。ここで、もう一つの鍵となる重要な観測事実を紹介しておきます。実は、超巨大ブラックホールへのガス降着率と、銀河中心部での星形成率(1年にどれくらい星が作られているか)とはほぼ比例しているのです。つまり、ガンガン星を作っている銀河ほど、ハイペースで成長中の超巨大ブラックホールを抱えているのです。

これは一体何を意味するのでしょうか?この解釈は研究者間でも意見が割れるのですが、我々のチームは、これは「因果的な関係」だと考えました。つまり、星形成活動に起因する何らかの物理機構によって、超巨大ブラックホールへのガス降着が直接駆動されると考えたのです。

それでは、星形成活動に起因し、かつ、ガスの安定な軌道運動を妨げる現象とは、一体どのようなものがあるのでしょう。おそらく、もっとも劇的な現象として超新星爆発が挙げられます。大質量星の一生の最後を飾るこの現象は、強烈な衝撃波を引き起こします。それにより、ガスはめちゃくちゃにかき乱され、安定運動をやめてブラックホールに落ち込んでいくと考えられるのです。このシナリオでは、衝撃波の影響を受けるガスが多ければ多いほどブラックホールに落ち込むガスも当然増えるので、先述の高密度分子ガス円盤質量とブラックホール降着率の関係も説明できます。

そこで、我々は研究チームのメンバーがこのシナリオに即して構築した理論モデルを、実際の電波観測データに当てはめてみました。具体的には、観測+理論の合わせ技で、銀河中心の高密度分子ガス円盤からさらに内側へ流入するガス量を予測しています。結果を見て正直驚きました。まだまだ検討できた天体数は少ないものの、この予測値と、超巨大ブラックホール近傍で消費されるガスの総量が見事一致したのです!ちなみに、「総量」というのは、超巨大ブラックホールへ落ちるガス降着だけでなく、超巨大ブラックホールの影響を受けて逆に吹き飛ばされるガスの量も考慮に入れた値です(超巨大ブラックホール環境では、実はモノは吸いこまれるだけではないのです)。

理論モデルを駆使して計算した高密度分子ガス円盤から内側の超巨大ブラックホールへのガス降着率と、超巨大ブラックホール近傍で消費されるガスの総量との比較
理論モデルを駆使して計算した高密度分子ガス円盤から内側の超巨大ブラックホールへのガス降着率と、超巨大ブラックホール近傍で消費されるガスの総量との比較。誤差の範囲で両者が100%一致していることが分かります

今後の展望

本研究成果は、なにぶん天体数も少なく、まだまだ精密検証が必要ではありますが、銀河中心部で観測されたガスの流入・流出を初めて整合性を持って説明できた点が画期的だと自負しています。ブラックホールと星という華々しい現象たちが実は違いに結びついているというのも、天文学らしい、なんとも壮大でロマンチックな話です。これからは多天体の観測から本説の裏付けを強めつつ、より遠く(すなわち過去)の天体を観測することで宇宙の古今にわたったブラックホール成長の歴史を解き明かせるよう頑張っていきたいと思います!

超新星爆発で駆動される超巨大ブラックホールへのガス降着の想像図
超新星爆発で駆動される超巨大ブラックホールへのガス降着の想像図

この記事を書いた人

泉 拓磨
泉 拓磨
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程在学中・日本学術振興会特別研究員(DC1)。専門は(電波)天文学。可視光帯を主とする伝統的な天文観測で培われた超巨大ブラックホールというエキセントリックな天体に対する知見に、最新電波観測で得られる星間物質の知見を新機軸として加えることで、その宇宙の古今にわたる成長課程、ひいては母銀河との相互作用の歴史を知りたく日々研究に励んでいる。趣味は旅行・ドライブ・写真撮影(からの居酒屋巡り)。