光触媒として機能する多孔性材料とは? – 半導体特性をもつ「スルフィドMOF」の新たな可能性
新しい多孔性材料「MOF」とは?
我々の生活には、分子サイズの小さな穴が無数に空いた構造である多孔性材料があふれています。たとえば、乾燥材に使用されているシリカゲルや消臭剤として使用されている活性炭などがそれらの仲間です。このように、多孔性材料というのは、日常でも利用されている身近なものです。
多孔性材料は、無機物・有機物など多くのものが知られていますが、そのなかで、1990年代に京都大学北川進教授やカリフォルニア大学O.M. Yaghi教授らによって発見された新しい多孔性材料として、「金属-有機構造体/多孔性配位高分子(MOF: Metal Organic Framework/PCP: Porous Coordination Polymer)」と呼ばれる材料が注目されています(ここでは以下、MOFという名称を使用します)。
MOFは、さまざまな金属イオンと架橋性有機多座配位子から構成される配位結合ネットワークを有する錯体の高分子であるということが特徴です。多くの場合、配位元素としては酸素(テレフタル酸など)や窒素(4,4’-ビピリジンなど)が用いられます。
MOFは、金属イオンやクラスターからなる節と架橋部位から構成されており、金属イオンと配位子の組み合わせは膨大にあることから、非常にデザイン性が高く、さまざまなMOFについての報告があります。
半導体特性を有する「スルフィドMOF」
MOFは、細孔を利用した吸着材料としてだけでなく、ほかにもさまざまな物性を示す多機能材料として知られています。多孔質であることから、物質の分離や貯蔵はもちろんのこと、触媒やプロトン輸送材料としても利用されています。
さらに、MOFに光応答部位を付与することで、太陽電池や光触媒への応用も期待されています。そのためには、MOFは半導体の特性を有する必要があります。
これまで、硫黄を配位元素として含む配位子を用いたMOF(スルフィドMOF)は半導体特性を示すことが知られていました。しかし、その結晶構造の報告例はほとんどなく、バンド構造や半導体特性が発現する起源は十分に検討されていませんでした。
スルフィドMOFの結晶化に成功
これまで、スルフィドMOFの結晶構造について報告例が限定的であるのは、硫黄は電気陰性度が小さく金属との結合において共有結合が強くなるために、構造決定に十分なサイズの結晶を作製することが困難であったからです。特にMOFの結晶化では、配位平衡を経ながら結晶成長させる必要があります。
そこで我々は、硫黄を含む配位子としてトリチオシアヌル酸を選びました。ベンゼンの炭素が3つ窒素に置換されたトリアジン骨格により、チオール基の硫黄上の電子密度を低下させることで反応速度を低下させることを期待しました。
また金属イオンとしては、鉛を選定しました。鉛イオンは硫黄アニオンと安定的な結合形成が期待でき、節にPbSのナノ構造を導入することができます。そのため、特異的な電気的性質の発現に期待しました。加えて、鉛イオンは高い配位数を取ることができるので、高い伝導性が期待できる高次元のPb-S構造を持つMOFが構築されることを期待しました。
我々は、このトリチオシアヌル酸と鉛を組み合わせることで、硫黄から構成されるクラスターを節に持つ、新規スルフィドMOFの結晶構造を決定することに成功しました。
結晶構造を見てみると、結晶学的に非等価な2種類の鉛原子が存在し、片方が1次元につながっていることがわかります。その1次元鎖をもうひとつの鉛原子が架橋することで、3次元構造を有していることがわかりました。
水から水素を発生する「光触媒」への応用
このスルフィドMOFは、結晶構造からわかるように無数の穴が開いている構造であり、合成直後はこの穴に水分子を吸着していることがわかりました。この細孔中の水分子は、加熱真空乾燥を行うことで脱着でき、脱着後も同様の構造を有していることがわかりました。また、アルコールや窒素分子は吸着せず、水分子のみを選択的に吸着することや、水中および酸・塩基水溶液中でも安定に存在できることもわかりました。
次に、このスルフィドMOFのバンド構造を評価するために、時間分解マイクロ波伝導度測定を行いました。この測定は、光を当てた際にキャリア(電子と正孔)の生成とそれらの移動度について評価できる測定です。この測定により、このMOFは光電気伝導特性を有していることがわかりました。
加えて、第一原理計算を用いた状態密度計算より、価電子帯は硫黄の寄与が非常に大きいことが明らかになりました。また、伝導帯にはすべての種類の原子が寄与しており、硫黄は価電子帯と伝導帯のどちらにも重要な寄与していることがわかりました。
光照射によりキャリアが生成することがわかりましたので、我々はこの生成したキャリアを水の分解によって水素を発生する「光触媒」に応用しました。このMOFと、犠牲還元剤であるエチレンジアミン4酢酸(EDTA)を水に加え、可視光を照射したところ、水素の発生が確認されました。さらに、助触媒となる白金をMOFに担持することで、触媒としての性能が向上しました。
これらの結果より、触媒メカニズムは以下のように考えられます。まず、可視光吸収により電子が励起されます。この際、生成した正孔は犠牲還元剤であるEDTAにクエンチされます。励起した電子は、MOF上での水を還元もしくはマイグレーションして助触媒の白金上に移動します。この白金上に移動した電子も、水の分解に利用されることがわかりました。
スルフィドMOFの今後の展開
スルフィドMOFは、半導体MOFの領域に新たな可能性を切り拓くものになっていくと思います。今回のスルフィドMOFから、硫黄はバンド構造に大きな変化を及ぼすことが明らかになりました。この知見を活かして、さらに多くのスルフィドMOFが合成されることで、高機能材料の開発が期待されます。
一方で、スルフィドMOFの合成は難しく、合成および結晶化のための反応条件の探索には非常に多数の合成実験の試行錯誤が必要となります。今後は、このような合成の難しい材料を効率的に探索するために、我々の研究室ではマテリアルズインフォマティクスの手法を活用し、機械学習などを利用して合成条件探索の効率化も併せて進めています。
参考文献
Y. Kamakura, P. Chinapang, S. Masaoka, A. Saeki, K. Ogasawara, S. R. Nishitani, H. Yoshikawa, T. Katayama, N. Tamai, K. Sugimototo, D. Tanaka “Semiconductive Nature of Lead-Based Metal–Organic Frameworks with Three-Dimensionally Extended Sulfur Secondary Building Units” J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 27-32 https://doi.org/10.1021/jacs.9b10436
この記事を書いた人
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鎌倉 吉伸(写真左)
関西学院大学大学院理工学研究科化学専攻 博士課程後期課程学生。
硫黄を配位元素とする金属-有機構造体の合成とその物性探索の研究に従事。
田中 大輔(写真右)
関西学院大学理工学部化学科 准教授。
2008年京都大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。2008~2010年アーヘン工科大学博士研究員、金属錯体および高分子のナノ粒子・薄膜開発に従事。2010年より大阪大学大学院理学研究科助教を経て2015年3月より現職。2017年より科学技術振興機構 (JST) さきがけ研究者 (兼任)。専門分野:錯体化学、固体材料化学。
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