アジサイの青色色素を青色細胞から直接検出!
花の色を作るもの
このタイトル、当然なのでは? と思われた方もいるかもしれません。 しかし、当然と思うことであっても、科学的な証拠を得るのは難しいのです。本稿ではまず花の色とはどのようなものなのか、なぜ分析が難しかったのかについて簡単に説明した後、”直接検出”とはどういうことなのかについて解説していきます。
自然界における”色”はさまざまな原理によるものですが、花の色は”色素”という化学物質によるものがほとんどです。この色素には、アントシアニン、フラボノイド、カロテノイド、クロロフィルなどといったさまざまな種類があるうえに、同じ種でも育て方や環境によって、花の色が変化します。またひとつの色素がひとつの色だけを担当しているわけではありません。さらに複数の化学物質が集まって働く”錯体色素”というメカニズムもあります。つまり、花がどうやってその色を出しているのかは非常に難しいテーマなのです。
アジサイの花色はなぜ変化するのか
アジサイは日本原産の樹木です。もともとの花色(実際に色づいているのはガク片)は青ですが、現在ではさまざまな園芸品種が開発されており、青、赤、白、ピンク、緑などの花、そのように育つ(予定の)種が手に入ります。しかし何となく育てても、なかなかきれいな色では咲いてくれません。
古くから、アジサイの花色は土壌pHと関連が深く、酸性だと青く、アルカリ性だと赤くなることが知られていました。これは土壌中のアルミニウムが酸性では水に溶けるようになり、アジサイ中に吸収されるためです。アルミニウムは本来有毒のため、酸性土壌では植物は育ちにくいのですが、アジサイはアルミニウム耐性を持つことがわかっています。これらのことから、アジサイが体内でどのようにアルミニウムを無毒化しているのか、そしてなぜ花色がアルミニウムの吸収によって変化するのかについて、多くの研究がなされてきました。
さてアジサイの花にある色素を調べていきましょう。まずアジサイの花を採取し、しっかりすりつぶし、水あるいは有機溶剤で成分を抽出します。抽出液をさまざまな手法で分離し、化学分析を行って「どのような化学構造の分子がある」のかを明らかにします。このような手法で、アジサイの花のなかにはアントシアニン色素の一種(3-O-グルコシルデルフィニジン)、そしてアントシアニンの発色を変化させ、安定化させる機能を持つ「助色素」と呼ばれる無色の分子が3種類あることがわかりました。
驚くべきことに、アジサイの花が青色でも赤色でも、分離されるこれらの化合物は同じです。なぜ驚くべきことなのかというと、通常は同じ品種でも、赤い花と青い花では、アントシアニンの化学構造は違うからです。すなわち、アジサイの花色の謎は、「同じ分子がどうやって違う色を発色できるのか」という点にあります。試験管内でこれらの化合物の組合せやアルミニウムの量を変えて混ぜ、さらにpHを変化させると、多様な色を作り出せることがわかりました。つまり、これら複数の化合物からなる錯体色素が、さまざまな環境因子の下でアジサイの色を作り上げているのです。
錯体色素”Hydrangea Blue-Complex”
環境に応じて変化してしまう錯体色素の構造を分析するのは困難ですが、最近、アジサイと同じ青色を試験管内で再現したときの錯体色素は、3-O-グルコシルデルフィニジン、助色素(5-O-アシルキナ酸)、アルミニウムが1:1:1で複合化した構造を持つことが明らかとなり、Hydrangea Blue-Complexと名付けられました。
しかし、同じ色を人工的に再現できたとしても、それがアジサイのなかにある色素である証拠はありません。何とかアジサイから青色色素をそのまま取り出し、その構造情報を得る必要があります。植物成分を抽出、単離してそれぞれ分析する従来手法では、元の複合体の構造はわかりません。少し薄めたら、あるいは少し別の成分が混ざったら錯体成分が分離してしまうため、「移りにけりな」とため息をつくことになります。そこで、直接アジサイから青色色素を検出することにしました。
凍結生体試料のイメージング質量分析で青色色素を調べる
青色色素はアジサイガク片の細胞内にあり、かつ水に溶けています。細胞内部の化学物質について、その位置情報を失わずに検出するために、まず試料を瞬間的に凍結させたうえで切断し、その断面を凍らせたまま分析することにしました。今回用いたのは低温-飛行時間型二次イオン質量分析(Cryo-TOF-SIMS)と呼ばれる分析手法です。
Cryo-TOF-SIMSでは、凍ったままの分析表面に向けて、細く絞ったイオンビーム(一次イオン)を入射します。すると試料表面に存在する化学物質の一部がイオン化して放出されます(二次イオン)。こうすることで、どこに何の化学物質があるのかを可視化(イメージング)することができるのです。検出器に質量分析計を用いることで、検出された物質の質量情報が得られます。
人工的に再現した青色色素の水溶液を凍結し、分析したところ、3-O-グルコシルデルフィニジン、助色素(5-O-アシルキナ酸)、アルミニウムが1:1:1の錯体色素を見事に検出することができました。あとは同じものが本当にアジサイから検出できるのか、どの細胞から検出されるのか、です。
青色色素を青色細胞から直接検出
アジサイのガク片を切断して横から見ると、表層の細胞は無色で、第2層の細胞はきれいな青色に染まっていることがわかります。この青色細胞こそが、アジサイの青色を担っている細胞です。分析の結果、試験管内で人工的に再現した場合と同じ錯体色素を、この青色細胞から検出することができました。これで人工的に再現した構造が正しかったことを確認できました。
必須元素であるカリウムは断面全体から検出されましたが、アルミニウムは青色色素と同じように青色細胞から検出されました。つまり、アジサイは有毒なアルミニウムを特定の細胞に濃縮し、さらに錯体色素として無毒化しながら花色に利用しているのです。また興味深いことに、表層の無色の細胞からは助色素が大量に検出されました。ひょっとしたらアルミニウムが運ばれてくるのを隣で待ち構えているのかもしれません。
今後の展望
アルミニウムは世界の全耕地の約3割を占める酸性土壌における主たる生育不良要因です。現在、酸性土壌耐性作物の作出は、食糧問題の解決に重要な課題となっています。アジサイがどのようにアルミニウムを無毒化しているのか、つまりアルミニウムが根から吸収されてガク片に濃縮されるまでの詳細なメカニズムについてはまだわかっていません。物質輸送に関わる遺伝子やタンパク質を調べることで、このメカニズムの全容に迫ることができるかもしれません。凍結試料中における有機物・無機物の分布を顕微鏡スケールの分解能でダイレクトに可視化できる今回の分析技術は、さまざまな生体内メカニズム解明への強力な一手となることが期待されます。
参考文献
- D. Aoki, Y. Matsushita, and K. Fukushima, “Cryo-TOF-SIMS Visualization of Water-Soluble Compounds in Plants” In ACS Symposium Series “Advances in Plant Phenolics: From Chemistry to Human Health” 2018, Jayaprakasha, G.K., Gattuso, G., and Patil, B.S. (Eds.), American Chemical Society, Washington, DC, Chapter 7, 137–150.
- T. Ito, K. Oyama, and K. Yoshida, “Direct Observation of Hydrangea Blue-Complex Composed of 3-O-Glucosyldelphinidin, Al3+ and 5-O-Acylquinic Acid by ESI-Mass Spectrometry” Molecules 2018, 23, 1424.
- T. Ito, D. Aoki, K. Fukushima, and K. Yoshida, “Direct mapping of hydrangea blue-complex in sepal tissues of Hydrangea macrophylla” Sci. Rep. 2019, 9, 5450.
この記事を書いた人
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青木弾
名古屋大学大学院生命農学研究科 講師
2011年に京都大学大学院農学研究科森林科学専攻にて学位取得。名古屋大学大学院生命農学研究科助教を経て2017年より現職。植物成分の化学構造と機能の相関に関する研究を行っています。
吉田久美
名古屋大学大学院情報学研究科 教授
1982年に名古屋大学大学院農学研究科博士前期課程修了。1992年に同大学院にて学位取得。椙山女学園大学助手、ドイツコンスタンツ大学客員研究員、名古屋大学大学院人間情報学研究科および情報科学研究科助教授を経て2010年より現職。植物ポリフェノール類の構造、化学合成および機能発現機構に関する研究を行っています。
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