植物のたくましさ

道ばたの草木を見たとき、「たくましい」と感じたことはないでしょうか。当然、植物は「動かない」生きものであり、何らかの災厄から移動して逃れることはできません。草木はそのような災厄(ストレス)をその場で克服しつつ子孫を残しているわけで、私は畏怖を持って植物を見ています。

「雑草は切っても切っても生えてくる」ということはひとつの植物のたくましさでしょう。これは頂芽優性と呼ばれる現象で、一番先端にある茎頂を失うと、その下で休眠している腋の茎頂が発達を開始し、新しい芽や葉が生えてくるのです。一方、庭仕事をされたことがある方は「雑草を抜いたのに、放置した場所でまだ生えている」ということを経験されたかもしれません。これはもうひとつのたくましさであり、根が切断されても枯死する前に植物体が根を急速に再生させ、その場で固着生活を継続させた結果なのです。

前述の頂芽優性については、18世紀に進化論で有名なチャールズ・ダーウィンとその息子が最初に報告して以来、長年研究されてきました。近年、頂芽優性を制御しているのはストリゴラクトンという新しい植物ホルモンだということもわかってきました。一方、切断された根がいかに再生してくるのかということについてはあまり研究がありませんでした。というのは土の中で目視できない根の傷害応答はあまり注目されず、根が再生するメカニズムについての研究はほとんどありませんでした。さらに根は自発的に枝分かれしていつも新たな根(側根)を作るので、自発的に作られる側根と傷害によって誘導される側根の区別が難しいことが、研究を困難にしていました。

そこで私たちはこの問題に取り組み、傷害による植物根の再生過程に関わる因子が植物ホルモンのオーキシンであること、オーキシン合成の誘導、さらにオーキシンの極性輸送によって植物の根は再生することを明らかにしました。

偶然を見逃さない

研究は偶然から始まりました。シロイヌナズナはシャーレの寒天培地中で、生育させることができるモデル植物です。ある日、当時大学院生だった徐冬暘(シュドンヤン)さんは別の研究で、根を途中で切断したシロイヌナズナを観察していました。そのシロイヌナズナは突然変異体で主根は伸びるけれども側根は出てこないはずだったのですが、あろうことか側根がフサフサと野生型と同じぐらい出ていたのです。彼女はこれを見逃さず、すぐ私に報告してくれました。

使った突然変異体はオーキシン信号伝達経路に異常があるmsg2/iaa19という変異体だったのですが、同様の経路に異常がある変異体で試験しても、本来、側根が出ないはずなのに側根が出てくるものがありました。そこで慎重に無傷コントロールと根切りした野生型植物を4日後に比較すると、わずかですが確かに側根が増えていることがわかりました。この小さな差が今まで側根が増える現象に気づけなかった原因だろうと考えています。

さらに興味深いことに、切断した植物の側根はコントロールより長い、つまり成長が早いということもわかりました。根の総延長を測定するとコントロールと根切りした植物はなんと同じだったのです。地上部と根の量は植物種で一定であるというshoot-root-ratioという現象が古くから知られています。もしかしたら根切りした植物は根の成長を促進させて、shoot-root-ratioを回復させているのかもしれません。側根数が増える現象をRoot-Cutting induced lateral root Number (RCN)と呼び、側根の成長を促進する現象をRoot-Cutting induced lateral root Growth (RCG)と名付けました。今回の論文発表では側根数が増えるRCNについてそのメカニズムを明らかにしました。

無処理のシロイヌナズナと生育途中で主根を切ったシロイヌナズナの様子(左図)及び側根数、側根の成長速度のグラフ(右図)。無処理の方が主根は長くなるが、根切りをした方が側根が多く、成長速度も速くなっていることがわかる。(左図は処理後4日目の写真。赤矢印は主根を切った位置)。

エビデンスから仮説を立て、実験による検証を行う

自発的な側根の形成にはオーキシンが重要な働きを持っていることが詳しく判っているので、私たちは根の再生にオーキシンがどのように関わっているのか? というアプローチを行いました。若い植物にオーキシンの極性輸送を阻害する薬(NPAなどの農薬)を投与すると、新しい側根はまったくできず主根だけになります。しかし大変驚いたことに、オーキシンの極性輸送を阻害するいろいろな薬を与えても、根を切るとまたもや側根が出てきました。

そこでオーキシン信号伝達経路が機能しているのかを遺伝子発現解析で調べてみると、根切りによって確かにオーキシン応答が促進されていました。次に疑ったのはオーキシン合成です。そこでオーキシン合成を阻害する試薬を試したところ、RCNが顕著に抑制されました。さらにオーキシン合成に関する11種類の遺伝子の破壊株を調べたところ、YUCCA9という遺伝子に異常がある変異体はRCNが顕著に抑制されていました。また根切りによってYUCCA9遺伝子の発現量は根切り後、急速に増加し2時間でピークに達している、早い応答であることが判りました。

これらから、根切りがYUCCA9遺伝子を誘導することで、根のオーキシン量を増やしていると予想されました。そこで帝京大学理工学部・朝比奈雅志准教授の研究グループと共同研究を行い、根のオーキシン量を測定したところ、根切りによって実際に増加していること、yucca9変異体ではそのような増加は見られないことを確認し、YUCCA9遺伝子が根切り応答に必要な遺伝子であるということが明らかになりました。

一方、オーキシン合成を阻害する試薬、YUCASINとNPAを同時投与すると側根はまったくできないどころか、根切りでも側根の発生は抑制されました。さらにオーキシンの極性輸送に関する変異体にYUCASINを投与すると、野生型より顕著に側根が減少すること、根切りによってオーキシンの極性輸送体遺伝子の発現は上昇することから、根切りによるRCNにはオーキシン合成の促進と同時に極性輸送が必要であると結論付けられました。

本研究で明らかになったメカニズム。根切りをすることでYUCCA9遺伝子が活性化、オーキシンの合成等を経て、側根が作られたり発達したりする。ただし、根切りがどのようなシグナルを引き起こしてYUCCA9を活性化させているかはまだ同定できておらず、今後の研究が待たれる。

根切り応答研究は始まったばかり

植物にとって根の傷害は脱水という形で直ちに地上部に影響してしまう緊急事態であり、根を切られた植物はできるだけ早く根を再生しようとする性質があります。園芸ではこのような植物の性質をうまく利用しています。たとえば世界中で親しまれている日本伝統の園芸芸術、盆栽作りでは慎重に根の剪定(根切り)を行います。根切りされた植物は、水や養分を効率よく吸収できる若い根を限られた空間(鉢)で再生することで、健全かつ小さな植物である盆栽になります。今回の発見は、このような園芸技術としてしばしば利用されている植物根の再生について、その分子メカニズムを解き明かしました。

根切りについては農学的見地から効率的な方法が研究されてきましたが、そのメカニズムが明らかになったことでさまざまな応用が期待されます。また、本研究室ではRCGのメカニズムについても研究が進行中であり、成果を発表する予定です。最大の謎は根切りによって何がYUCCA9遺伝子を誘導するのか、RCGと同じものなのかという点であり、このアプローチも進行中です。

このような盆栽は園芸家の努力と植物がもつ「たくましさ」の共同作業によってのみ完成する。

参考文献
Dongyang Xu, Jiahang Miao, Emi Yumoto, Takao Yokota, Masashi Asahina, Masaaki Watahiki “YUCCA9-mediated Auxin Biosynthesis and Polar Auxin Transport Synergistically Regulate Regeneration of Root Systems Following Root Cutting”, Plant and Cell Physiology,  (2017) https://doi.org/10.1093/pcp/pcx107

この記事を書いた人

綿引雅昭, 徐冬暘
綿引雅昭, 徐冬暘
綿引雅昭(写真右)
北海道大学大学院理学研究院・准教授
1997年に北海道大学大学院地球環境科学研究科で博士(地球環境科学)を取得後、日本学術振興会特別研究員としてイギリス・エジンバラ大学分子細胞生物学部へ留学、同学部で引き続き博士研究員を経て2004年より北海道大学にて研究活動を行っています。専門は植物生理学と顕微鏡を中心とした生体イメージングです。最近は遺伝子発現のフィードバック制御に関わるシミュレーションから新しい因子を予測する方法論にも興味を持ち、研究しています。

徐冬暘(シュドンヤン、写真左)
華僑大学・バイオメディカルスクール・講師
2017年に北海道大学大学院生命科学院で博士(生命科学)を取得後、華僑大学・バイオメディカルスクール・講師に着任。ノンコーディングRNAに関する研究を行っている。日中間の研究者の橋渡しが期待される。