不気味の谷

科学技術の発展はめざましいですよね。なかでも、人型ロボット(アンドロイド)技術の成長は著しく、見た目が人間にどんどん類似しています。もしかしたら、アンドロイドが人間と遜色なく当たり前のように日常に溶け込み、街中で生活しているような世界はそう遠くはないかもしれませんね。しかしながら、このような技術の進歩が単純に幸せな未来につながるわけではないのです。この急な発展に我々人間の心が追いついていかない可能性があります。

実は、アンドロイドの見た目がネックになりうるのです。アンドロイドや人形などの見た目は、人間に近づくほど好まれます。研究者の多くは可能な限りリアルな人間に近い見た目のロボットを生み出そうと日夜努力しています。しかしながら、人間への類似度があるレベルに到達した途端に、強い不気味を喚起するようになります。その後、リアルな人間とまったく同じレベルの類似度になると、人間と見分けがつかなくなるので好意度が回復すると考えられます。ロボット工学者の森政弘氏は、好意度の急激な落ち込み極値を谷に見立ててこの現象を「不気味の谷」と名付けました。さて、この不気味の谷は人間の心の中でどのようにして生じているのでしょうか?

不気味の谷の概念図

アンドロイドはどっちつかずだから不気味

不気味の谷が起こる原因についてはこれまでいくつか挙げられてきました。そのうちのひとつが、人間なのか非人間(アンドロイドや人形)なのか分類困難なことが不気味さに関与しているという説明です。こちらについて検討した実験では、人間の写真と人形の写真をさまざまな割合で合成して、「人っぽさ」を操作した写真について、「人間か人形か」を分類することを参加者に求めました。さらに、これらの写真について「不気味に感じるかどうか」もあわせて尋ねました。その結果、分類困難な写真(具体的には「分類するのに要する時間が長い」かつ「人間と人形かで判断が分かれる」写真)の場合に、不気味さが喚起されるということが明らかになりました。この結果にもとづいて、分類の困難さが不気味さに関連していると結論づけられました。

分類課題と好意度 (不気味さ)との関係。カテゴリ曖昧点とは、判断が分かれるポイントである。

どっちつかずのアンドロイドを不気味の谷底へ突き落とすのは「未知への不安」

分類できないことが不気味さに関連していることはわかりましたが、それは何故でしょうか。この点については、「よくわからないもの」に対して不安を感じ、それを避けようとする心理的な反応が起こっているためではないかという仮説が立てられていました。しかしながら、「何が不気味であるか」を調べるような従来の研究アプローチではこの点を直接的に検証するのは困難な状況でした。

そこで、私たちは「誰が不気味を(強く)感じるのか」を調べることで、この仮説の実証を試みました。具体的には、「未知への不安」を抱きやすい性格に着目しました。先ほどの実験の手続きに加えて、参加者が未知への不安を抱きやすい性格かどうかについても測定を行いました。その結果、未知への不安を抱きやすい人ほど、分類困難なものを不気味と感じやすいことが明らかになりました。以前の研究結果とこの研究結果をまとめると、不気味の谷は、分類できないものに対する未知への不安が原因であることが明らかになりました。

未知への不安と分類困難な対象が喚起する不気味さの関係

アンドロイド以外も落ちていく不気味の谷

今回は、アンドロイドの不気味さの仕組みについて紹介しました。この仕組みにもとづくと、アンドロイドだけではなく他の生物(たとえば犬など)のロボットや人形も不気味さを喚起しても不思議ではありません。現に、2013年の研究で犬と犬のぬいぐるみの写真でも不気味の谷が起こることがわかっています。また、犬型ロボットでおなじみのaiboも最近新型が発表されていましたが、それが非常に不気味であると話題になりましたね。

加えて、食わず嫌いについても今回の不気味の谷の仕組みと同様の説明が可能ではないかと考えて、研究を進めています。我々のグループでは、イチゴとトマトの合成写真を使用して、分類課題と好意度の評定課題を行いました。そうすると、やはり分類が難しいときに最も気持ち悪いと評価されることがわかりました。さらに、未知の食物に不安(食物新奇性恐怖)を感じやすい人の方がこの気持ち悪さを強く感じることが判明しました。したがって、アンドロイドと同じく、分類が難しい「よくわからない食べ物」に対して不安を感じ、それを避けようとする心の仕組みがあることがわかりました。

しかしながら、よくわからない食べ物でも実はおいしかったり、健康に良かったりすることもあります(俗に言うゲテモノや珍味などはまさにそうかと思います)。ゆえに、よくわからない食べ物を過度に回避してしまうことは、たびたび人間にとって不利益にもなり得るので、気持ち悪さを自在に制御できることが望ましいと考えられます。

実は先の発見に加えて、分類が難しい果物写真の好意度を上昇させる術もすでに見つけています。具体的には、果物の匂いを同時に呈示すると、分類が難しい果物写真の好意度が上昇することがわかりました。この知見については、匂いによって「食べ物らしさ」が増したことで、好意度が上昇したのではないかと我々は考えています。

イチゴとトマトの合成写真

明るい未来を目指して

科学技術の発展は素晴らしいもので、これからもどんどん進歩していってほしいと私は思っています。その一方で、人間の心が時代の急激な変化に取り残されてしまうのは望ましくないとも思っています。実験心理学の観点から、不気味の谷の問題を解決し、人々の生活にも科学技術の発展にも明るい未来を提供できるように、引き続き研究を進めたいと思っています。

参考文献
Sasaki, K., Ihaya, K., & Yamada, Y. (2017). Avoidance of novelty contributes to the uncanny valley. Frontiers in Psychology, 8:1792.
Yamada, Y*., Kawabe, T*., & Ihaya, K*. (2012). Can you eat it? A link between categorization difficulty and food likability. Advances in Cognitive Psychology, 8, 248–254. (*同等貢献著者)
Yamada, Y*., Kawabe, T*., & Ihaya, K*. (2013). Categorization difficulty is associated with negative evaluation in the “uncanny valley” phenomenon. Japanese Psychological Research, 55, 20–32. (*同等貢献著者)

この記事を書いた人

佐々木恭志郎
佐々木恭志郎
日本学術振興会特別研究員SPDとして早稲田大学理工学術院および九州大学基幹教育院で研究をしています。主に、人間の感情がどのようにして生じているのかについて実験心理学的な手法を用いて検討しています。最近では、モノへ抱く所有感が形成される仕組みについても調べています。詳しい研究成果などについては、こちらを御覧ください。