私たちは、日々の暮らしの中で「幸せ」を感じ、またさまざまな個人的・社会的な活動をとおしてそれを追い求めています。その「幸福感」が脳の働きによる産物であるということを前提にすると、「脳をうまく刺激してやれば幸せを感じることができるのではないか?」という素朴な疑問が湧いてきます。もしそれが実現すれば、マッサージチェアに座って日ごろ疲れた体を癒すのと同じように、脳内のマッサージをして幸福感に満たされた生活を日々送れるようになるかもしれません。
実際に、頭部に装置を近づけるだけで痛みを伴わずに脳内を刺激できる技術は、まださまざまな課題はあるものの、すでに実用化されうつ病や依存症などに対する脳刺激療法として利用されています。しかし、幸福感を得るために脳のどこをどのように刺激すればいいのかについてはまだよくわかっていません。これを明らかにするためには、まず「幸せを運ぶ神経回路」を解明する必要があります。私は、この「幸せの神経回路の解明」を研究テーマとして、生命科学研究では一般的に使われている実験用マウスを用いて脳科学研究に現在取り組んでいます。
「幸せの神経回路」はどうやって探せばよいでしょうか。そこには少なくとも2つの大きな課題があります。そのひとつは、幸せかどうかを推定する客観的指標を決めることです。ヒトが被検者の場合は、幸せを今感じたかどうかを回答してもらえますが、脳内をいろいろと刺激してみることは倫理的に困難です。まずは動物で実験する必要があります。しかし、動物は「幸福感が10段階の8です!」とは答えてくれません。つまり、「幸せ」かどうかを判断するための観察可能な指標を見つけなければなりません。
そもそも幸せの定義はなにかーー古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、幸せをHedonia(快楽の感情)とEudaimonia(充実感や満足感)に分類したそうです。これは非常にしっくりくる捉え方だと思います。「快楽の感情」の基礎となる快情動については、その物を得ようとする動機づけ行動や、経験した場所に執着する場所嗜好性などを指標とした研究が行われていますが、これらの欲求行動は、依存症のような幸せではない状況でも見られる行動になります。そういう点で、依存症などに進展し得る快楽の要素よりも、「充実感や満足感」の要素を客観的に捉えることが、幸せを観察するうえで特に重要になると考えています。
また、こころの状態には、「胸が高鳴る」「身の毛がよだつ」といった表現にもあるように身体的変化が伴うので、観察可能な指標となり得ます。このような身体反応は、「ドキドキ」のように嬉しいときにも怖いときにも共通して生じるものもあるため、その指標だけでこころの状態を特定することは難しいですが、推定するうえでは重要な客観的指標となります。
もうひとつの課題は、候補となる神経回路をどうやって見つけるかです。私たちの脳内には、1000億個以上もの神経細胞が存在すると推定されています。これらの細胞が、鉄道の駅が線路で結ばれるようにある細胞から別の細胞へと配線で接続し合うことで、無数の複雑な神経回路を形成しています。その神経回路を情報が伝わっていくわけですが、鉄道にも目的地の異なるさまざまな路線があるように、異なる神経回路の路線が目的に応じて別々の情報を運んでいます。ある回路は音の情報を運び、別の回路は痛みの情報を運ぶといった具合です。幸せを運ぶ路線は、ひとつとは限りません。幸せのなかのさまざまな要素を異なる路線で運んでいるかもしれません。
ここで大事になるのは、脳の共通性です。つまり、「幸せのかたちは人によってさまざまだ!」とはよく言いますが、幸せを感じているときに活動する脳の場所は、ヒトのあいだである程度共通していることがわかっています。しかも、そのような場所に相当する(構造上、共通する)脳の領域が、ネズミのような小動物にも存在するのです。その場所を経由している路線を調べていけば、幸せを運んでいる路線を見つけられるかもしれません。
このプロジェクトでは幸せのなかでも「満足感」に焦点を当て、実験用のマウスを用いて、幸せ神経回路の候補を刺激することで「満足」の指標となり得る身体反応が見られるかどうかを調べることにより、満足感を運ぶ神経回路を見つけ出すことが目的です。
まず、「満足」の指標を見つけるために、それに付随する心血管機能やホルモンの変動など身体反応のなかから指標となり得るものを探します。また、「喜びの神経科学」の世界的権威であるミシガン大学のKent C. Berridge教授に共同研究を快諾していただいたので、当グループが「喜び」の指標として用いている「美味しいときの舌なめずり運動」も解析に利用したいと考えています。
刺激する神経回路については、ヒトが幸せを感じているときに活動する脳の場所に関する先行研究と私のこれまでの研究をもとに、現状では4つの経路を候補として考えています。特定の神経回路だけを選択的に操作することが可能なオプトジェネティクスという遺伝子技術を利用して神経回路の刺激を行います。
いずれも基礎的な研究段階なので、「幸せの回路」を刺激できる日は遠い未来かもしれませんが、試行錯誤をくり返しながら、小さな発見をコツコツと積み重ねていければと思っております。
研究者、特に実績の少ない、あるいはこれから新規開拓をしたいという研究者にとって、academistは本当にありがたい存在です。クラウドファンディングは、単なる研究資金集めの一手段ではありません。国や民間財団からの研究助成金は、研究遂行能力や実現可能性など専門家による厳選な審査を経た現実的な研究に配分される研究費です。それに対して、クラウドファンディングは、研究者が自身の夢を語り、一般の方々にその夢の応援として研究費を支援していただける特別な場なのです。クラウドファンディングが研究助成金とともに研究資金と研究者の夢を支える柱のひとつとして大きく発展してくれることを願ってやみません。その他、研究分野に限らない多方面の方々とクラウドファンディングを通じて出会い、それが新たな研究アイデアを生み出す可能性もあります。このことも私が今回クラウドファンディングにチャレンジすることにした理由のひとつです。
ご支援いただいた支援金は、マウスを保持するための実験台の工作費と脳刺激装置用の消耗品の購入に充てたいと考えております。極めて微力ではありますが、争いや犯罪の少ない幸福社会の発展に貢献できるような脳科学研究となるよう頑張りたいと思います。みなさまのご支援を心よりお待ち申し上げております。
時期 | 計画 |
---|---|
2018年11月 | クラウドファンディング挑戦 |
2019年3月 |
実験開始
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2021年7月 | 第44回日本神経科学大会にて発表(予定) |
2022年7月 | 第45回日本神経科学大会にて発表(予定) |
2022年11月 | 第52回北米神経科学大会にて発表(予定) |
2023年 | 論文投稿(予定) |
研究の詳細な進捗などをレポートにまとめてお送りします。ご支援よろしくお願いいたします!
研究報告レポート(PDF版)
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2021年および2022年7月の日本神経科学会にて本研究に関する発表をする際、謝辞にお名前を掲載させていただきます。また、発表資料(電子版)を送付いたします。ご支援よろしくお願いいたします! ※計画通りに研究が進まなかった場合は、別の学会発表の謝辞にお名前を掲載いたします。
学会発表資料の謝辞にお名前掲載 / 研究報告レポート(PDF版)
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サイエンスカフェにご招待いたします。場所は東京を予定しています(日時は未定です)。当日は、「喜怒哀楽と幸せの脳科学」についてお話させていただきますので、ご参加をお待ちしています! ※当日ご参加いただけない場合には、後日資料を共有させていただきます。
サイエンスカフェ参加権 / 学会発表資料の謝辞にお名前掲載 / 研究報告レポート(PDF版)
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本研究成果を論文発表する際の謝辞にお名前を掲載させていただきます。 ※最終的には何らかのかたちで研究成果をまとめさせていただきますが、計画通りの内容および期日での論文発表に至らない可能性もございますので、ご了承ください。
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