私は大学・大学院を修了したあと、公的研究機関、民間製薬会社そして大学と様々なところで勤務してきましたが、一貫して自然が作り出す成分、天然物を扱ってきました。そして、今後もその天然物を私たちの生活に役立てる研究を進めていきたいと思っています。また、大学はそこで学ぶ学生さんの教育の場ではありますが、併せて私たち生活者の困りごとを「研究」を通して解決する場でもあると思っています。今後は民間企業や公的研究機関だけではなく、NPO法人や個人の方との共同研究を積極的に進め、「研究」をもっと身近なものとし、その研究を一緒に楽しみながら、私たちの生活の質を向上させていきたいと思っています。
私は、植物が作り出す香り成分、エッセンシャルオイル(精油)の特徴を科学的な視点で明らかにしたいと考えています。エッセンシャルオイルは自然が作り出す香り成分で、そのオイルの中には数多くの有機化合物が含まれています。含まれているすべての香り成分は、その化学構造式を描くことができます。そのようなエッセンシャルオイルは「疲れているときにはこのオイル」や「気分をすっきりさせたいときはこのオイル」などのように、それぞれのシチュエーションに合ったものがインターネットや本などで紹介されています。そこで、そのオイルが使われるシチュエーションとそのオイルに含まれている成分を科学的に結び付けてみたいと思っています。また、同じ名前のエッセンシャルオイルでもメーカーや生産地、オイルの製法(抽出方法)などによって香りが異なります。このことはオイルに含まれている化学成分の組成が異なることを意味しています。同じ名前のオイルでも香りが異なることは、オイルの多様性を広げることにつながりますので、とても良いことだと思います。その多様性が具体的にどのような成分の違いによって生じているのかを確認してみたいと思っています。
実際に市販されているエッセンシャルオイルを購入して、香り成分の分析をしてみようと思っています。分析は、香り成分の分析に適したガスクロマトグラフ質量分析計という装置で実施する予定です。この装置は気体状態とした香り成分を検出する装置ですが、とても感度が良くエッセンシャルオイルにどのような成分が含まれているかを明らかにすることができます。それぞれのオイルを使用されるシチュエーションごとに分類し、シチュエーションごとに使用されるオイルに共通する有機化合物が含まれているかを確認します。また、最近知り合った方からマダガスカル産のエッセンシャルオイルを紹介していただきました。マダガスカル産のオイルに特徴的に含まれている成分についても確認してみようと思っています。
私たち人間はこれまでの歴史の中で、植物を医薬品として利用してきました。漢方薬がその代表的なものですが、その漢方薬は生薬(しょうやく)をいくつか組み合わせたものになります。生薬とは植物などのうち、薬として使用する部位(葉や根、果実など)のことを指しますが、私はこれまでその生薬に新しい薬としての効果を見出したり、生薬からまだ誰も見たことが成分を見つけたりしてきました。また、生薬のなかにはハッカやシソのように香りを特徴とするものもあり、その生薬にはやはりエッセンシャルオイルが含まれています。最近は、このエッセンシャルオイルの肌荒れやシワなどに対する有効性を評価したりしています。さらに医食同源という言葉があるように、普段食品として口にしている野菜や果物の中には私たちの身体の調子を整える効果を示すものもあります。そのような天然素材の効果を明らかにしたり、実際にどのような成分が効果を示しているのかを突きとめたりしています。
植物が作り出す香り成分、エッセンシャルオイルは私たちの生活に溶け込んでおり、欠かすことのできないものとなっています。ただ、エッセンシャルオイルは医薬品とは異なり「雑貨」扱いですので、仮に海外で医薬品として扱われているオイルでも日本国内では効能・効果を示すことができません。さらにそのエッセンシャルオイルは「天然物」ですので、産地や採油方法によって香りも異なってきます。この香りの違いは含まれている有機化合物の組成の違いによるものです。このような特徴を有したエッセンシャルオイルについて、多くの方に知ってもらい、また一緒にエッセンシャルオイルについて学ぶ機会にしたいと思い、academistに挑戦しました。私の研究をご支援くださった方には、エッセンシャルオイルの研究結果についてフィードバックすることに加え、香りの正体である有機化合物やその有機化合物について学ぶ上で必要となる「有機化学」についても一緒に考えていきたいと思っています。
エッセンシャルオイルは私たちの生活に広く浸透していますが、メーカーや原料となる植物の産地や採油方法などによってその香りがかわってしまいます。場合によっては、使用者に対して有害な作用を引き起こしてしまう可能性もあるため、その品質については十分に気を配る必要があります。エッセンシャルオイルに含まれている香り成分を調べるこの研究は、エッセンシャルオイルの品質を考える上でも重要なものだと思います。
エッセンシャルオイル(精油)の多くは植物が作り出すものですが、漢方薬を構成する生薬にも精油が多く含まれているものが知られています。例えば「チンピ(陳皮)」と呼ばれる生薬は、ウンシュウミカン(温州みかん)の果皮で、d-limoneneと呼ばれる香り成分が含まれています。鈴木先生は生薬成分の分析が専門ですので、エッセンシャルオイルについても、エッセンシャルオイルを使用する人にとって価値のある発見をしてくれると期待しています。
時期 | 計画 |
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2023年10月 | エッセンシャルオイルの分析 |
2024年3月 | 実験結果の考察、追実験 |
2024年9月 | 国内学会発表 |