山川 宏(ヤマカワ ヒロシ)
博士時代には(1990年ごろ)ほとんど日本では知られていなかった強化学習研究に取り組み、以来脳と人工知能の境界領域で研究をおこなっています。2015年から全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(NPO)において脳型知能の開発方法論の作成を提唱、推進しています。主な経歴は人工知能学会編集委員長、汎用人工知能研究会主査。ドワンゴ人工知能研究所所長など。著書に共著「心をとらえるフレームワークの展開」など。
布川 絢子(フカワ アヤコ)
脳に学んで知能をコンピュータで再現することに興味があり、脳で学んだモデルに必要な脳領域のフレームワーク構築に取り組んでいます。修士時代は、脳の海馬とその周辺領域における機能を調査し、海馬をモデルにした汎用人工知能のフレームワークの提案を行いました。知能の理解と実装には神経科学や認知科学をはじめ機械学習など幅広い領域の知見を組み合わせる必要があり、脳型知能の開発方法論が重要となります。
田和辻 可昌(タワツジ ヨシマサ)
人間のように振舞うエージェント(ロボットなど)を通して「人間」を理解すること、特に「不気味の谷」がなぜ起こるのかについて強い興味があり、博士時代は「ヒト型エージェントに対する否定的感情」がどのように脳によって生成されるのかについて研究を行っていました。このため、人間の脳がいかに構成されているのかを設計を通して理解するという点は個人的な関心事項で、脳型知能の開発方法論に基づいて研究を進めています。
近年、人工知能(AI)は様々な問題領域で人間の能力を上回り、さらに発展が続けば、あらゆる知的能力において人間を凌駕した汎用人工知能(AGI)が近未来に出現するでしょう。AGIとは、多様な問題領域において多角的な問題解決能力を自ら獲得し、設計時の想定を超えた問題を解決できる汎用性をもつAIです。そこから得られる恵みは莫大ですが、それが特定の組織などに独占されれば大きな富の偏りを生み出しかねません。また、その振る舞いや価値観が人間と一致していなければ様々な問題を引き起こしかねません。
そうした様々な落とし穴をさけて「人類と調和した人工知能のある世界」というビジョンを実現するためには、AGIを人に優しい形で構築し、かつ、全人類の公共財としてゆくべきだと考えます。技術的には、人間の脳に似せてつくることにより人の対話などにおいて親和性を高められます。
こうした狙いから、私たち全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(WBAI)は、NPOという公益的な立場をとりつつ、次に述べる全脳アーキテクチャ(WBA)アプローチによる脳型AGIのオープンな開発を、2015年から継続的に推進しています。
WBAアプローチは「脳全体のアーキテクチャに学び人間のようなAGIを創る(工学)」です。具体的には、脳の各器官を機械学習モジュールとして開発し、それら複数の機械学習モジュールを脳型の認知アーキテクチャ上で統合することによります。こうして、脳の構造を皆が合意できる共同基盤として用いることで開発を加速できるのです。
私たちは、次の2つの事業を通じて脳型AGIの開発を促進しています。
教育事業は、脳型のAGIの研究開発に必要な人工知能、神経科学、認知科学、機械学習などから複数の専門性を兼ね備えた人材を育成する事業です。勉強会やシンポジウムの実施、学術イベントへの参加・協力などを行っています。また脳型AGIの(国内外の)技術開発の促進において、波及効果の高い開発成果を残した者を表象することを通じてコミュニティの活性化を行っています。
研究開発促進事業において、当初は、未解明部分と矛盾をふくむ膨大な神経科学知見を利用して人工知能を構築する道筋がわからないことが課題でした。これに対して私たちは、後述する脳参照アーキテクチャ(BRA)駆動開発という方法論を発展させてきました。
BRA駆動開発は、脳をリバース・エンジニアリングすることでBRAという標準的な仕様データを共同で作成し、次にBRAデータに基づいて実装を行う開発方法論です。BRAは、人間の認知・行動能力に大きな影響を与える脳の中程度の粒度の解剖学的知識を抽出した情報フロー構造のデータ(BIF)と、その構造に対して整合的に体系化された機能の構造(HCD)から構成されます。
現在(2022年度上期)時点では、BRAの設計が中心的な研究開発活動であり、主に以下のような研究課題に取り組んでいます。
・脳の様々な領域についてのBRA設計。興味ある脳領域ごとに解剖学的構造を調査/整理し、その構造に整合する計算機能の体系化
・任意の脳領野間の神経接続の存在について、信憑性を担保できる証拠(文献や実験結果等)を標準的な形式で提示できるデータの蓄積
・人間の大脳新皮質における全ての領野間について、計算モデルに利用可能な神経接続の有無と接続パターン明らかにする
・BRA上の計算機能の仮説に基づいて、有用な認知機能を生物学的に妥当なかたちで計算モデルとして実装することが可能であることの検証
脳型AGIの2030年頃の完成を目指す、WBAアプローチは4つのフェーズを経て発展してきました。当初2015年からは開発方法が模索され(1)、2018年頃から前述のBRA駆動開発が形作られました(2)。現在はBRAの構築が進行し、前述の研究課題等に取り組んでいます(3)。そして人に優しい脳型AGIが人類に共有される状況を生み出すことを目指し、数年後には実装の支援に重きを移してゆきます(4)。
創設された2015年以降、私たちWBAIの活動は賛助会員、ボランティア、正会員などを含む多くの皆様から、財政面のみならず様々なご支援を賜って発展してきました。しかし、実装期に向けて活動を加速するために財政的な基盤の多角化が必要であると考え、この度、アカデミストを通じたご支援をいただきたく挑戦させていただきました。
皆様から頂いた支援金は、研究開発のための業務委託費、シンポジウムやレクチャーの開催費(会場費、謝金、交通費など)、事務局等の運営費などに利用させて頂きます(参考:年次報告書(財務諸表))。活動報告としては、毎月行われる研究開発委員会で取りまとめられる研究進捗等をお知らせさせていただきます。
人工知能の「技術」は長足の進歩を遂げています。一方で、私たち自身の知能はどこまで理解できたのでしょうか? 環境と相互作用し発達していく私たちの知能と、それを支える複雑な全脳の働きを理解し、学び、さらにそれを構成していく学術的活動を広く推進していくことは素朴な技術開発を超えて重要な営みです。私自身も記号創発ロボティクスの研究を通して関連研究に取り組んでいますが、全脳アーキテクチャそして全脳確率的生成モデル等の研究の発展を期待しています。
今日のディープラーニングは脳の仕組みの一部を捉え応用したものです。しかし脳は与えられた処理をいかに実現するかというHowの問題だけでなく、自分の環境や社会のもとで何を行うべきかというWhatやWhyの問題にも対処しています。その仕組みはどんなものでしょうか?WBAIはこの問題に正面から取り組む研究組織です。それはまた人間とは何か、人間と人工知能が支え合う未来のあり方を問う試みでもあります。このチャレンジに皆さんも加わってみませんか?
山川さんと私は人工知能学会の活動を通して、かれこれ20年以上の交流をさせていただいています。私の研究室の学生が「面白い活動をしているグループがいる、自分も参加したい。」と言い出したのが、奇しくも山川さんの主催するWBAで、話はトントンと進み、修士論文研究を共同でやらせていただきました。その学生は就職後もWBAに関わっていて、私も引き続き山川さんと研究を通した交流をさせていただいています。WBAの活動をこれからも応援したいと思います。
時期 | 計画 |
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2023年 | 脳のほぼ全領域の解剖学的構造をデータ化 |
2024年 | 脳全体にわたる初期的なソフトウエア実装 |
2025年 | 脳のほぼ全領域について何らかの計算機能の仮説付与 |
2027年 | 脳全体で統合された計算機能データの完成 |
2028年 | 脳全体で統合された計算機能データに基づく最初の実装が完成 |
2030年 | 上記実装を調整してAGIとして要求される典型的な能力を実現できる(全脳アーキテクチャの完成) |