みなさんは「飛ぶぬいぐるみ」と呼ばれるハチをご存知ですか? 「飛ぶぬいぐるみ」と呼ばれるマルハナバチは、名前のとおり全体的に丸く、全身が毛で覆われていて、まるでモフモフしたぬいぐるみです。この全身の毛は、体温保持と同時に、植物の花粉を効率良く付着させるのに役に立っています。マルハナバチは、花から花へ移動し、蜜や花粉を集める際に、花に花粉を運んで受粉させる送粉者という役割を担っています。送粉者がいないと、野生植物や農作物の花が受粉されず、実や種、農作物ができないという深刻な事態が生じてしまうのです。

そんな重要な送粉者であるマルハナバチですが、全世界的に減少傾向にあります。日本でも早急な分布調査と保全対策が必要です。しかし、通常、生物の全国的な分布を調べるためには、膨大な労力や時間が必要で、個人では難しいと考えられていました。そこで私たちは、インターネットを駆使し、市民の方々が撮影した写真を利用した市民参加型調査「花まるマルハナバチ国勢調査」によって、マルハナバチの分布調査を行うことにしました。

マルハナバチの一種のオオマルハナバチ(撮影者 森島英雄)

市民参加型調査「花まるマルハナバチ国勢調査」とは?

市民参加型調査とは、市民ボランティアの方々が行う調査のことです。私は、山形大学の横山教授、東北大学の河田教授、中静教授とともに、市民の方々が撮影した写真を収集して、マルハナバチの分布調査を行う「花まるマルハナバチ国勢調査」を開始しました。ただ、写真を集めるためには、多くの市民の方々にマルハナバチの写真を送ってもらえるよう、呼びかけなくてはいけません。そのため、ホームページFacebookTwitterのアカウントを作り、マルハナバチの写真を撮影してメールで送ってもらえるように呼びかけました。みなさんに親しみを持ってもらえるよう、マスコットキャラクターとして「はなまるちゃん」に登場してもらい、はなまるちゃんに宣伝してもらいました。

花まるマルハナバチ国勢調査のマスコットキャラクター「はなまるちゃん」

写真の収集は、主に富士通の携帯フォトシステム・クラウドサービスを利用しました。メールで携帯フォトシステムにGPSデータが記録された写真を送ると、ウェブ上で管理者が写真を確認でき、写真の画像から種名を同定後、GPSデータをもとにグーグルマップ上に写真を公開できるシステムになっています。GPSデータがない写真の場合は、本文に書かれた撮影場所の住所をグーグルマップで緯度経度に変換し、ソフトウェアで写真にGPSデータとして記録してから、転送しました。写真の種の同定は、写真の映像から山形大学の横山教授が行いました。

「花まるマルハナバチ国勢調査」で集まった写真

2013年から2015年の間で4,000枚を超える写真を収集し、3,000枚を超えるマルハナバチの写真を収集することができました。日本のマルハナバチは外来種も含めて16種いるのですが、そのうち15種の写真を収集することができました(2016年には残りの1種も収集できました)。高い標高に生息する種や限られた地域に生息する種・亜種など、収集が難しいと思われた種の写真も、その地域に住んでいる市民の方たちのご協力により、たくさんの写真を収集することができました。これらの写真の位置データと種データから、マルハナバチの分布データを作成することに成功しました。

市民参加型調査の問題と解決

しかし、市民参加型調査には、常につきまとう問題があります。それは、調査バイアスです。調査されていない地域や、調査されている地域内でもデータの密度が高いところと低いところが生じてしまうのです。そのような調査バイアスを減らすために、種分布モデルによる生息地推定を行いました。分布データと環境データを使用して、その種がどのような環境に生息しているのかを種分布モデルにより推定し、それをもとに生息地を推定するため、調査されていない地域でも、生息地として推定することが可能になります。種分布モデルは、汎用性の高いMaxentを使用しました。Maxentで重複/近接した位置データを削除し、さらにバイアスファイルを設定することで、調査バイアスを減らすことができます。

マルハナバチ6種の種分布モデルによる生息地推定

生息地を推定するのは、十分に分布データが収集できた主要マルハナバチ6種(トラマルハナバチ、コマルハナバチ、オオマルハナバチ、クロマルハナバチ、ミヤママルハナバチ、ヒメマルハナバチ)に絞りました。生息地を推定した結果、トラマルハナバチの生息地が最も広く、ミヤママルハナバチやヒメマルハナバチが狭いことがわかりました。また、6種に適した気温や標高の組み合わせは異なり、トラマルハナバチ、コマルハナバチ、オオマルハナバチ、クロマルハナバチの4種は35〜70%ほどが森林で占められた場所が適していると推定されました。この「ほどほどの」森林面積は、マルハナバチにとって、里山環境(人が管理する二次林や草原、畑や水田、居住地などのモザイク)が生息地として適していることを反映していると考えられます。

マルハナバチ6種の推定された生息地。色が青いと生息地の確率が低く、緑から赤は確率が高い。(a) トラマルハナバチ、(b) コマルハナバチ、(c) オオマルハナバチ、(d) クロマルハナバチ、(e) ミヤママルハナバチ、(f) ヒメマルハナバチ

これらのモデルをもとに、過去と未来の生息地の予測を行い、現在と過去・未来の生息地を比較することで、生息地の縮小/拡大を評価し、どの種のどの地域個体群を保全すべきか、温暖化に向けてどの地域をどのような土地利用にすべきか、具体的な保全対策を提案することを目指します。

花まるマルハナバチ国勢調査は、まだ継続しています。ぜひ、マルハナバチの写真をお送りください。あなたの写真が日本のマルハナバチを救うかもしれません。

参考文献
Suzuki-Ohno, Y., Yokoyama, J., Nakashizuka, T., and Kawata, M. (2017) Utilization of photographs taken by citizens for estimating bumblebee distributions. Scientific Reports 7, doi: 10.1038/s41598-017-10581-x.
大野ゆかり、横山潤、中静透、河田雅圭 市民が撮影した写真による生物観測情報の収集,問題点と解決方法 種生物学研究(印刷中、種生物学会のウェブページで公開予定)

この記事を書いた人

大野(鈴木)ゆかり
大野(鈴木)ゆかり
東北大学生命科学研究科特別研究員RPD。筑波大学大学院生命環境科学研究科生命共存科学専攻で博士(理学)を取得。学部の時にWilliam Donald Hamiltonの論文に衝撃を受け、以来、理論とハチを中心に研究を行なっています。以前は行動学に興味があり、採餌理論をもとにしたコマルハナバチの営巣場所の推定や犯罪地理学をもとにしたセイヨウオオマルハナバチの営巣場所の推定を行なっていました。マルハナバチの世界的減少と出産・育児を機に、マルハナバチの保全に関する研究に本格的に取り組んでいます。ロボット研究者の夫と二人の男の子を持つリケママです。写真は伝統的なニホンミツバチ養蜂を見学しに行った対馬にて。